#9.5 ガク=ワンショットは硬質な武器を捨て、
クリアなレーダーを積むか?

「こうして二人揃っているところで話すのは初めてね、連絡に応じてくれてありがとう」
 まあ、出向いたのはこちらなのだけれどと、エイビィは笑みを含んだ口調で言って、対面に立つ二人の男を見やった。
 二人とも目を引くブロンドだが、浮かべている表情が全く違う。
 一人は不機嫌そうな顔を、一人は何を考えているか分からない(何も考えていないのかも知れない)食えない笑顔でいる。
 不機嫌な方はマヒロ、もう一人はガク=ワンショットと言った。二人とも、残像領域では名の知れているハイドラライダーだ。付け加えて言うなら、この二人はいわゆる僚機、パートナーとして組んでいる関係だった。エイビィは以前から二人とそれぞれ既知の仲だったが、こうして並べてみても、あまり気が合いそうに見えない。
 三人がいるのは、ガクのホームであるダガー工房だった。ストラトスフェア要塞戦を控えて、エイビィがアポを取って出向いた形になる。編成やアセンブルに関する相談がその本題だった。
「それにしてもまた随分と珍しい組み合わせじゃないか」
 声を上げたのはガクだった。隣に立つマヒロとエイビィを見比べ、
「俺とマッヒーとエイビィさん。何だかろくなことが起こりそうにないね」
 マッヒー、と来た。
「あなた、そんな名前で呼ばせてるの?」
「笑えない冗談は止めろ」
 エイビィの噴き出すのを見て、ただでさえ不機嫌だったマヒロの顔が、また数段階は険しくなる。
「こいつが勝手に呼んでくるんだ、つーか誰が好き好んでこんなふざけた名前で呼ばせるんだよ……」
「ごめんなさい。からかうつもりはないのよ。でもねえ、――ふふふ」
 口ばかりのフォローは、当たり前だがマヒロの機嫌を直すようには働かなかったらしい。青年はもはや答えず、渋い顔をして押し黙る。
「我ながら良くこんなに呼びやすいあだ名を考えられたと思うよ。あだ名をつけるのは得意なんだ」
「あんた本気で言ってんのか?」
 が、横のガクの追い打ちをかけたことで、再び噛みつく様な口調でマヒロが口を開いた。ガクはもちろんとばかりに鷹揚に頷く。
「ひとつ問題をあげるとするならばあだ名をつけた相手が喜んだ試しが無い、まあそのくらいだ」
 したり顔だ。エイビィは漏れそうになる笑みを何とか噛み殺して、二人から顔を逸らした。
「こんなこと話しに集まったわけじゃねぇだろ」
 押し殺したような口調で言って、マヒロはこちらを睨み付けた。それはまあ、確かにそうだ。
 それに、面白いからしばらくこの話を聞いていたいなどと言えば、すぐさま出ていきそうな顔だった。からかうのはこれぐらいにしておいた方がいいだろう。
「そうね。本題に移りましょう。
 あなたたちも、砦攻めの編成は確認しているんでしょう?
 例のミサイルキャリアーというのも気懸りだけど、問題はこちらの足並みの方よ」
 マヒロが顎を引いてみせるのを確認して、エイビィは言葉を続ける。
 『月の谷』へ続く道を塞ぐ、四つの遺跡要塞――その三つ目に、企業連盟は手をかけようとしていた。砦攻めを始めてからすでに数ヶ月が経過しているが、進みのほどは悪くない。
 ただし、次の戦場、ストラトスフェア要塞を攻撃するにあたって、ハイドラ大隊にはある問題が表出していた。大隊のハイドラは常にいくつかのブロックに分かれ、二十機程度の部隊となって戦うが、その部隊のバランスがきわめて悪いブロックが続出しているのだ。
「人員という意味では、あたしたちが担当するところは比較的マシ。
 ――ただ、この戦場には足らないものがある」
 二人の表情の変化を目で追いながら、エイビィはガクへ目を向ける。
「結論を言うわ。ガク=ワンショット、『ロスト・ワン』にレーダーを載せなさい」
「ほう?」
 こういう時は、ガクよりはマヒロの方が分かりやすい。興味深そうな声を上げただけの相棒と違って、青年の顔にはあからさまに訝しげな色が出ていた。
「基本的な話をするけれど」
 もとより、まともに聞いてもらえるとは思っていない。エイビィは首を傾げて、二人の顔を見比べる。
「ウォーハイドラは『頭』やレーダーを詰んでいる限り、絶えず戦場を走査して索敵を行っているわ。
 そのデータはハイドラ同士で共有され、全員が敵の位置を把握するのに役立てられている」
 一息ついて、エイビィはかぶりを振った。
「……だけど、あたしたちのブロックには索敵に特化した機体はいない。だから、霧の中、互いの索敵範囲を補強し合わなければならない。
 ミサイルを積んでいるような連中は、長引けば長引くほど精度を上げてくるのだから……とにかく、さっさと片付けておきたいの」
 マヒロの訝しげだった表情が再び苦いものに変わっているのをちらりと見やって、エイビィはこっそりと笑みを噛み殺した。
「だからね、気は進まないでしょうけど、みんなのためにレーダーをアセンブルしてくれないかしら?」
 ガクの目を見て、エイビィは畳みかけるように問いかける。マヒロの顔はすっかり苦り切ったものになっていた。エイビィも、自分がよほど無茶な話をしている、ということは承知している。……ただ、嘘は言っていない。あとはその嘘のない話に、ガクがどう反応するかだ。
「事情はわかった。そしてこの打ち合わせの目的も」
 ガクは、エイビィの提案を受け入れるとも受け入れないとも言わなかった。ただ頷いて、言葉を続ける。
「そう、確かにレーダーを積むのは気が進まない。しかし、俺もハイドラライダーだ。個人の事情より優先しなければいけないものがあるのもわかる。レーダーは確かに硬質では無いがクリアーではある。エイビィさんの言う通り皆のために、たまにはプランDを選んでみるのも悪く無いのかもしれない。しかし、俺は索敵は専門外でね。俺一人でレーダーを積むのは心許無い。そこでだ…」
 ガクの言葉に、エイビィは笑みを浮かべて頷いてみせる。この男の言っていることはところどころ意味が分からないが(プランDとは?)、一応こちらの話は聞いてくれていたようだ。
「俺とエイビィさんでレーダーを5機ずつ積むというのはどうだろう?」
 …………聞いていなかったのかも知れない。
 エイビィは思わず噴き出して、慌てて口元を押さえた。笑みを堪えきれずに、顔を背けてむせ込む。
(確かに、あたしの言いたいのもそういうことだけど!)
「あー……『タランチュラ』はレーダーを積む。システムはティタンフォート、ミサイルキャリアーに備える。以上だ。後はあんたらで勝手に話し合ってくれ……」
 口を挟むタイミングだと思ったのだろう。沈黙していたマヒロが、どこか疲れた顔で言葉を紡ぐ。苦い顔は、呆れ顔になっていた。今すぐ帰りたい、というような。
 エイビィは、どうして二人が――というよりも、どうしてマヒロがガクと組んでいるのか聞いてみたくなったが、混ぜっ返す前にマヒロがこちらに目を向ける。
「けど、『ロスト・ワン』にレーダーを押し付けたとして、『ライズラック』はどういうアセンブルで行くつもりなんだ」
「押し付けるなんて話は――してないわ。『ロスト・ワン』にもレーダーを積んでほしいと言っただけよ。あたしはもともとこのつもり」
 エイビィは言って、走り書きをした紙を二人の前に出して見せた。
 書き付けてあるのは、『ライズラック』のストラトスフェアでのアセンブル案だ。レーダーばかりではなく、敵機走査用の頭部まで載せている。見る人間が見れば、今まで『ライズラック』が採用してきたアセンブルとは趣を異にした、利他的な構成であることが分かるはずだった。
「……コネクトか」
「レーダーは5機積まないのか?」
 僚機二人の発言は、またも対照的だった。エイビィは思わず顔を覆って、含み笑いを漏らす。
 説明の必要があるかというように、指の間からマヒロに視線で問いかけると、マヒロが好きにしろとばかりに顔を歪めた。
「今回はこちらも支援を行うつもりよ。火力はそれほど出ないから、そのつもりで」
「火力がそれほどでない? そいつは少し意外だな」
 ガクの怪訝そうな顔が、本気かどうかエイビィにはもう分からなかった。勝手に顔が笑ってしまうのを手で隠して、咳払いをする。
「そもそも、あたしは企業所属のハイドラライダー。個人の戦果にこだわって戦場を落とすということはしたくはないという、それだけのことよ」
 こちらの話を聞いているのかいないのか、ガクは首を捻る。
「しかし、エイビィさんがレーダーとはね。いや、これは俺の勝手な感想だがエイビィさんはあまり他人のためのアセンブルをするような人には見えなかった。もしやエイビィさん、二日酔いか?」
「コンディションは良好よ、ガク=ワンショット。あたしたちみたいな攻撃偏重の機体は、部隊にほかにも編成されている。彼らと――それから『ロスト・ワン』が小さなパイを取り合ってくれているうちに、取れる戦果を確保したいって思ってるの」
 エイビィは一拍置いて、深呼吸した。ゆるゆると首を振って、ガクが何か言うたびに舞い戻ってくる引き攣り笑いの残滓を振り払う。
 引きどころだろう。ここまであからさまに煙に巻かれて、これ以上押す気にはなれなかった。
「ただ、まあそうね、そうしているうちに『ロスト・ワン』が敵機をみんな片付けてしまうのって、ちょっと癪じゃない?」
「成程。そう言って貰えると納得できるな。俺も同じ事を考えていたよ。『ライズラック』が俺の得物をかすめ取る前に、俺に何が出来るかをね」
 観念した、とばかりにエイビィは両手を上げる。このふざけた男がどこまで考えていたのかは分からないが、少なくとも心変わりはさせられなかったようだ。
「だからせめて、と思ったんだけど――さすがにぶれないわね。それが硬質ってことなのかしら」
「そこが俺とエイビィさんの違うところだ。そう、硬質だから。だから俺は他人の足を引っ張る様な真似はしないし、エイビィさんには是非自主的にレーダーを5機積んで貰いたいと思っている」
「……ちょっとほんと、それやめてくれる? ほんっとに笑うから」
「どうしてだ?」
 二日酔いはあんたの方じゃねえのか、と、隣でマヒロがぼそりと漏らす。
「俺はいつもどうりだ。いつも通りの寝不足」
 さらりと言うガクと、相変わらず渋い顔のマヒロを見比べて、エイビィはまたぞろ笑いがこみ上げてくるのを感じたが、何とか堪える。この二人のやり取りを見られただけで、わざわざ来た甲斐はあったのかも知れない。
「でも、索敵が足らなくて不安というのは本当よ」
 二人の視線が再びこちらへ向くのを待って、エイビィは首をすくめてみせる。
「霧の濃い日は格闘機にとっても動きやすい戦場、ただそれは、全体を見通す目があって初めて成り立つ話だわ。少しでも視野を広げなければ、霧の中で敵を見つけられないまま、殲滅されてしまうことになる……」
 往生際が悪いと思われているだろうか、エイビィは相変わらず何を考えているか分からないガクの顔を見やった。
「……だから、載せない? レーダー。駄目かしら? 駄目よねえ」
「俺のパイルの名前を硬質レーダーに変えて出撃すれば良いかい? そうすれば、多少の折衷案にはなりそうだと思うけど。まあ、もしくは互いにレーダーを5機積むか」
 即座に問い返してくる。エイビィは軽く手を振った。
「分かったわよ、諦めるわよ。ガク=ワンショット。あなたと『ロスト・ワン』は好きにしてちょうだい」
「そうさせて貰おう」
「あたしの付け焼刃が、上手くいく保証もないのだからね」
 ガクの目を見て、エイビィはそう嘯く。
 それは、本心からの発言だった。


 互いのアセンブルの確認と微調整を終え、ダガー工房を後にしたエイビィは、霧に覆われた道をマヒロと並んで歩いていた。
 ほとんど一生分笑った気がするのだが、それをことさらマヒロに言ってやることはあるまい。エイビィは俯きがちに歩くマヒロに目を向けて、口を開く。
「……バイオスフェアもそうだったけれど。次の要塞戦でまた一つ、何か戦場が変わる気がしているの」
「どうだか」
 幸い、まだこちらと話をする余力は残ってくれていたらしい。マヒロはぶっきらぼうに答えた。視線は、歩く先に向けられたままだ。
「……変わってるように見えて、何も変わっちゃいねぇと思うけどな、俺は」
「そう? 領域殲滅兵器、高速培養装置、次はミサイルキャリアー? 最後の要塞には何が待っているのかしら。
 そういう意味では、次もまた、変わる戦場の前座に過ぎない。そこで死ぬのは厭だわね。あなたたちがいれば大丈夫だと思っているけれど」
「……レーダーを5機勧めてくるような奴をよく信用できるな」
「信用? どうかしら。でも、彼が言いたいこと、分かりやすくって好きよ。面白いし……」
 思い出し笑いを堪えて、エイビィは首を振る。
 信用。ある意味ではそうだろう。
 ガク=ワンショットは、言っていることはともかく――考えていることは明確だ。レーダーの話にしても、ガクは最初から載せる気はないというメッセージを発していた。レーダーを五機積むなどというばかばかしい提案をエイビィが受け入れるなどとは、ガクも思っていなかっただろう。
 まともに取り合う気がないのだから、まともな話し方をする必要もない。それをああした言い方で包むのがガクという男ならば、エイビィは彼のことを好ましいとさえ思った。
「分かり易いね」
 マヒロはそれを分かっているのかどうか。また渋い顔をして見せたが、ふとその表情が色を変える。
「ふざけたことばっかり言う奴だが、あいつも俺も、死ぬ気で戦場に出てるわけじゃない。あんたもだろ。……まあ、だから、次も変わらねぇよ。行って、帰ってくるだけだ」
「そうね」
 エイビィはマヒロの言葉を素直に首肯した。
 ……言えるのは、この男がガクの僚機にしておくのが勿体なくなるほど、真面目な男ということだ。それこそ、自負以上にガクに対する信頼が感じられる言葉だった。もっとも、ガクの人柄と、その腕を評価することを単に切り分けられるタイプなのかも知れないけれど。
「今日は話せてよかった。
 いっぱい頑張るから、あたしたちのことを守ってね、マッヒー❤」
 マヒロの顔がダガー工房で見るのと遜色ないほど苦々しいものになったのを確認して、エイビィは彼に背を向ける。
 ささやかではあるものの、やるべきことはやった。あとはどうなるか、戦場に出てみてからだ。
「それじゃあ、次は楽しい戦場で……」
 決まりきった挨拶を囁いて、エイビィは歩き出した。