導入①花見川隆史
GM
外科医の仕事は多忙を極める。ひっきりなしに患者がやってきて、その対応を求められる。
マリナ
『せっかくだから、隆史くんの好物も作っちゃおっかな~~』
花見川隆史
『マリナちゃんの作るものだったら、なんだって嬉しいよ』
花見川隆史
この女を幸福にする為に、僕は生きている。
花見川隆史
睨みを聞かせる先輩の目を掻い潜り、なんとか残業を回避する。
マリナ
『でも酢豚とケーキって食べ合わせ悪いかな? まあいっか!』
花見川隆史
幸運にも、急にけが人が運び込まれる事もなく…
花見川隆史
多忙ななかでも、どちらかと言えば穏やかな日だった。
GM
外科も慣れてきて、多少のことでは動じなくなってきた。
GM
しかし、そんな中に悲惨なニュースが飛び込んできます。
GM
街でトラックが暴走し、多くの死傷者が出たとのこと。
GM
手当を必要とする人は多く、都内の多くの病院に、怪我人が搬送されました。
GM
もちろん、あなたの病院にも怪我人が送り込まれてきます。
花見川隆史
白衣を今まさに脱ごうとしていた時だった。
そのニュースを目にしたのは。
花見川隆史
街でトラックが暴走し、多くの死傷者が出たとのこと。
花見川隆史
携帯を手にする事もできずに、修羅場に投下される。
GM
一人でも多く受け入れるため、現場は戦場さながらの慌ただしさです。
花見川隆史
乱れたシャツと白衣でも、ナースに怒られる事はなかった。
GM
呼び声、悲鳴、電話の鳴る音。医療器の電子音、ストレッチャーが駆け込む音。
花見川隆史
公私は分けなければ。不安を押し込めて、仕事に当たる。
GM
テキパキと指示が飛び交い、研修医であろうとも、丁寧に手続きを教える先輩はいません。
GM
今この場で、一人の医師として、すべきことをする。
花見川隆史
これだけ多くの、重症者がいる状況に当たるのは初めてだ。
GM
あなたの勤める病院は、事故現場からほど近い場所にある。
花見川隆史
指示に従う。応急的な処置からなにまで。これでも僕は医者だ。
GM
優先順位が最も高い、赤いタグのつけられた重傷者。
GM
最優先治療群(重症群)。生命を救うため、直ちに処置を必要とする者。
GM
ストレッチャーに横たえられた、重傷者としてのマリナと。
花見川隆史
まさか、など。惑っている時間は医療現場にはない。
GM
意識不明の重傷者に、繰り返し呼びかけることは正しい処置。
花見川隆史
「マリナ、マリナちゃん。マリナちゃん。聞こえる?」
GM
雨に濡れ、血にまみれた姿。かろうじて息はありますが、あなたの声に反応はありません。
花見川隆史
必死に呼びかけながら、必要な処置をする。
GM
心電図が示すバイタルが、電子音と共に更新されていく。
花見川隆史
「頑張って。僕が助ける。頑張って。もう少し持ち堪えるんだ」
GM
それは命が潰えるカウントダウンのように、容赦なく、甲斐なく、生命が失われていくのを知らしめる。
花見川隆史
時間が足りない。設備が十分に行き渡らない。
花見川隆史
血の匂いはあたりに広がっていて、あなたのものかすらわからない。
GM
大事故で大勢が同時にケガをしたことに加え、新型コロナウイルスの影響下で、どの病院も逼迫している状態にあったことも災いしている。
GM
人体は理屈で機能していて、何がどうすれば生きていて、どうなれば壊れてしまうのか。生かすためには何が必要で、そして今何ができるのか。
花見川隆史
隣でマリナの名前を呼びかけていた看護師が、驚いて一瞬手を止める。
花見川隆史
「愛してるよ。愛してる、マリナちゃん。
戻ってきて。戻ってきて…」
花見川隆史
酢豚とケーキの組み合わせを楽しみにしてるんだ。
GM
かけ続ける言葉に甲斐なく、重ねる処置が功を奏すことはなく。
花見川隆史
繰り返すと、
もとより折れていた肋骨がべきべきと
砕けていく。
GM
呼びかけるのは、共に治療に当たっていた看護師だ。
GM
まるで時間が一瞬で過ぎ去っていたかのように、もう心停止から、おおいに時間が経っていた。
GM
人体は理屈で機能していて、何がどうすれば生きていて、どうなれば壊れてしまうのか。
GM
人生は不条理にできていて、何故、このような悲劇が降りかかるのか。
GM
大型トラックが歩道に乗り上げ、商店に突っ込んでいる。
GM
冷たい雨も、夥しい血を洗い流しきることは出来ずに、アスファルトは黒く、黒く、黒く。
GM
いつもより高い豚肉や、タマネギ、にんじん――スーパーの袋が落ちている。
導入②黒松比折牟
黒松比折牟
取り組むべき案件はたくさんあって、やくざな勤務時間も気にならなくて、
むしろ自分から泊まり込みをしたりもした。
GM
レオ――あなたのライバルとも言える、同僚の科学者もよく同じように泊まり込みをしていた。
黒松比折牟
例えお互い正しく、同じ結論に達するとしても、奴より一刻も早くそれに辿り着きたかった。
黒松比折牟
まったく違う事項に取り組んでいたとしても、自分のほうが優れていると証明し、主張せずにはいられなかった。
GM
最近はワークライフバランスだとかなんとかで、不要不急な泊まり込みは禁止されていたが、二人とも知ったことかと無視を決め込んでいた。
黒松比折牟
実験には時間も金もかかるし、それが夜遅くになることもある。
黒松比折牟
いまから実験を始めたら、朝までには何かが分かるかもしれない──
GM
レオも勿論そのつもりで、装置のセットアップをしている。
黒松比折牟
ちらりと見てからすぐ自分の実験に戻るつもりで、ぴたりと動きが止まる。
黒松比折牟
「ランドリーに行ったらどうだ。いい息抜きになるぞ」
黒松比折牟
まあむろん、そのあいだに私が先んじてやるがな、などと笑う。
レオ
「あ~? パンツ洗ってる間にどうこうできると思ってんのか~?」
黒松比折牟
「そう思うならやってみればいい、私は天才だからなあ!」
黒松比折牟
レオの言う通り、どうこうできるとは思っていない。
黒松比折牟
それでこいつが少しでも躊躇うなら愉快だと思った程度のことだ。
レオ
「ははは、どっちが真の天才かすぐに解らせてやるよ」
レオ
「ぜってー現象を解明して、レオ・ピオリム理論って名前にしてやるからな」
黒松比折牟
「はあ!? 私の名前が先だろうが! 五十音順的にはそちらが正しい!」
レオ
「先に理論を打ち立てた方が先になるに決まってるだろ!」
黒松比折牟
「ええい、いいから早く行ってこい。洗ってないパンツで私の横で実験をするなど許さんからな」
黒松比折牟
実験の邪魔だとばかりにしっしと手を振る。
レオ
「……この研究の結果次第じゃ、きっと世界が変わるぞ」
黒松比折牟
自分とレオがかかわっているから当然──などという自信過剰な言い方は鳴りを潜めて、抑えた声で首肯する。
レオ
「そしてレオ・ピオリム理論でノーベル賞を取る」
レオひとしきり笑った後、
SEMと呼ばれる測定装置
走査電子顕微鏡のこと。電子線を試料に当てて表面を観察する装置であり、元素分析などを行う。
に試料をセットしていく。
黒松比折牟
同じ視座で話し、時には上回ってくることが、いけ好かず、そして心地よかった。
レオ
研究所は静かだ。黙ってしまえば、機械の駆動する音だけが鳴っていて、それはいっそう沈黙を、集中を際立たせる。
レオ
頭はいつもフル回転していて、ああでもないこうでもないと、理屈やひらめきを弄くり倒している。
黒松比折牟
わずかな糸口から道が拓け、視界が広がった時のあの爽快感と言ったらなかった!
レオ
今自分が世界の最先端にいて、俺たち以外に誰も知らないことを知っている。
黒松比折牟
自分たちであれば、かつて先人たちが解明してきたその先へ向かえる。
黒松比折牟
そして、わずかな差であっても、このレオという男に背を見せつけてやるという気持ちが、情熱の炎を燃やしていた。
黒松比折牟
この男は、この勝負は、私にとって何よりも価値のあるものだった。
レオ
ワークライフバランスなど知ったことか。このワークがライフだった。生活で、人生だ。
黒松比折牟
眠ることや食うことすら煩わしくなるほどに。
GM
レオの装置から、測定終了を報せる電子音が鳴り響いている。
黒松比折牟
一瞬ハッとしたような顔をしてから、レオのほうへ視線を向ける。
黒松比折牟
トイレ、ランドリー、空腹に耐えかねて買い物?
黒松比折牟
ぼんやりと可能性を考えるが、どれも違和感がある。
GM
ランドリーに向かえば、乾燥機に掛けられたままの下着が残されている。
GM
書きかけのレポートは、セーブされずに開きっぱなしだった。
GM
そもそも、退所した時間は自動的に記録されるはずだが、それも残ってはいなかった。
GM
記録上はまだ研究所にいるはずだが、その姿はない。
黒松比折牟
忽然と──という言葉があまりにもしっくりくる。
黒松比折牟
失踪ではなくて、消滅したのではないか、と思えるほどに。
GM
話し相手がいなければ、黙る他ない。機械の駆動する音だけが鳴っていて、いっそうその沈黙を際立たせる。
黒松比折牟
静かななかにあった熱狂も、呼気にこもっていた熱も。
黒松比折牟
私はそうして、人生で一番価値のあるものを失ったのだ。
GM
研究所の壁は白く平坦で、蛍光灯の青白い光を照り返している。
導入③クヌート・ペルレ
GM
クヌート・ペルレ。あなたは某国のキャンプにいる。
クヌート・ペルレ
風が何処かから、消し切ることのできない硝煙のにおいをつれてくる。
GM
不安定な情勢。長く紛争を繰り返しており、この国に平穏というものは久しく訪れていない。
クヌート・ペルレ
終わることのない、局所的な勝ちと負け。
クヌート・ペルレ
今日の勝利が、すべての決着にはあまりにも遠い遠いひとつでしかないことを知りながら。
クヌート・ペルレ
装備をバラし、手入れするひととき。
シオン
初めは見よう見まねだったが、もうすっかり板についている。
シオン
磨かれ、黒光りするパーツが硬い音を立てながら組み立てられていく。
シオン
カチリ、というラッチ音を一つ一つ確かめ、スライドの手触りを繰り返し試して。
シオン
わずかな万が一が死に繋がるというのを、よく知っている。
クヌート・ペルレ
それを教えてきた。言葉にして、あるいは血を流すその経験に。
シオン
「戦場で飛び交う銃弾って、どれも同じじゃないですか」
シオン
「拳銃なら9ミリ、ライフルなら556。45ACP……」
シオン
「種類はあれど、どれも規格品で、そこに特別な違いはないじゃないですか」
シオン
「死ぬかもしれない、死んだら終わりだってわかりながら、銃を握ってそんな弾を撒き散らしに行く」
シオン
「そりゃ、もう逃げ場のないって奴は当然銃を持ちますよ」
シオン
「でも、何かを信じて戦場にわざわざ行くって奴もいる」
シオン
「何かを信じているから、紛争をするんですかね」
クヌート・ペルレ
「正義を信じていれば銃を取っていい、ということはない、……必ずしも」
クヌート・ペルレ
「何を旗に掲げようと、そこにできるのは、大概は人死にの山だ」
クヌート・ペルレ
「それってのは、お偉い『正義』とやらに適うものかね」
シオン
「適う、と思うから、銃をとるんじゃないですか」
シオン
「より多くの人を助けるために、それよりは幾分少ない人を殺す」
シオン
「そんな『算数』だって、ある種の正義でしょう」
クヌート・ペルレ
手元から目を上げて、シオンを見る。
クヌート・ペルレ
「そんな算数を正義と呼びたいのならな」
シオン
「じゃあ、逆に。誰かを大切に思ったり、子供を育てたり、弱い人を生かしたり……」
クヌート・ペルレ
「それを、正義と呼びたいのなら」 繰り返す。
シオン
「あんたが戦争孤児だった僕を育てたことは……」
シオン
「ひどい栄養失調で、目も見えなくなってるくらいの僕に、飯を恵んでくれたのは……」
クヌート・ペルレ
「……責任、だろうかな……」 わずかに目を逸らして。
クヌート・ペルレ
その仔細を一から順に詳らかにしてやれば、シオンは納得するのだろうか。
クヌート・ペルレ
「お前には……本当は、もっと違う人生を用意してやれたのかもしれないが」
クヌート・ペルレ
「させてやることが、……まあ、できただろう。おそらくは」
シオン
「それでも、きっと僕は傭兵になった気がするよ」
シオン
「だったら、あんたがセンセイでよかったですよ」
シオン
「撃つも撃たないも、どっちの方が、よりマシなのか。判断しながら人は生きている」
シオン
「ちょっとでも、マシだと思うようにやるしかない。自分なりに……」
シオン
「そういうことを、僕はあんたから学んだと思っています」
クヌート・ペルレ
言い淀んで、それから、ふと息をつく。
クヌート・ペルレ
「……おれに、後悔させるなよ。……お前に、銃を取らせたことを」
シオン
「ちょっと、空けます。友達に会いに行くので」
クヌート・ペルレ
通り一遍の言葉。けれどそこに、どこか、親の言うそれのような色。
シオン
「ははは、大丈夫ですよ。ここほど危なくはないですから」
クヌート・ペルレ
信頼と、気掛かりとが綯い交ぜになって、その奥にかすかな情が滲むまなざし。
シオン
その明るい表情を取り戻したのは、まさしくあなたの手によるもの。
シオン
芯のある視線もまた、あなたとの日々によって培われたしたたかさだ。
GM
シオンの向かった村が紛争に巻き込まれたことを、あなたはニュースで知ります。
GM
傭兵をしているあなたにとって、多少の惨事は、人よりは慣れている。
GM
そんな経験をもってしても、その村で起きたことは、惨いの一言に尽きるでしょう。
GM
村は焼き尽くされ、住民は虐殺に遭い、一人として生存者は確認されていないとのこと。
クヌート・ペルレ
長い従軍経験の中でも、滅多に見聞きすることのない惨状。
クヌート・ペルレ
……止めればよかったのだろうか、……いや。
クヌート・ペルレ
ずっと手元に置いておかなければならないほど、子供ではなかった。もう。
クヌート・ペルレ
いつまでも、子供だった。おれにとっては。
クヌート・ペルレ
戦友を失ったことはいくらでもある。
クヌート・ペルレ
どれだけ親しくとも、弾丸一発はそれを頓着してくれない。
クヌート・ペルレ
どれだけ、どんなことを、思っていても。
GM
どの銃弾も等しく銃弾であり、それ以上もそれ以下もなく。
GM
のちにあなたは、シオンは最後まで立ち向かって戦死したことを知ります。
GM
あるいはシオンとの関係、交流、日常のなかに、わずかにでも悦びさえ抱かなければ。
GM
数ある無数の死の一つとして、忘れ去ることができたでしょうか。
導入④***
GM
花見川隆史。あなたは一人きりの誕生日を迎えている。
花見川隆史
この多忙で2日ほど洗っていない頭が、ヘルメットでムレて痒い。
花見川隆史
マリナがふざけて登録したカレンダーの通知で、今日がその日だと気付く。
花見川隆史
自転車を降り、通知を確認し、そのままとぼとぼと歩いた。
花見川隆史
自分が不幸のただなかにいるような顔をして生きている。ずっと。
花見川隆史
「なんで死んじゃったんだよぉ……マリナちゃあん……!」
GM
あなたはマリナを人生の中心に置いた。彼女がいなくなってからも、それを埋め切ることはできずにいる。
GM
まるでドーナツのように、マリナとの生活の周辺にあったものだけで、今の暮らしは出来ている。
花見川隆史
「今年も酢豚とケーキ食べたかったんだよーー!! こんなのって無いよーー!!」
*
黒松比折牟
測定装置に、試料をセットする。慣れた手つきで、どこか上の空に。
黒松比折牟
ミスをすることはない。そんなへまをするような自分ではない。
黒松比折牟
そう自分に言い聞かせることで、何かを保とうとしていたが、いつもどこか空虚だった。
黒松比折牟
自分という人間が探求よりも、レオという男一人を重視しているように思えて羞じていた。
GM
エレガントな、天才的な、跳躍的な、奇跡的な。そんな閃きがなくても、何を調べて何を考えるべきで、そして答えを導くことはできる。
黒松比折牟
可能であることと、そこに手ごたえを覚えることは全く別であった。
黒松比折牟
それを──思い知らされていた。正確には、思い出していた。
黒松比折牟
自分はなんと、あの男に出会うまで、ずっと空っぽであったのだ。
黒松比折牟
そんな風にすら思うほどだった。プライドも、羞も見栄も、いくら己を𠮟咤しようと、情熱はどこからも戻ってこなかった。
GM
あなたの内心とは裏腹に、あなたの研究を受けて、あなたを天才と呼ぶひとは沢山いる。あなたの論文はいくらでも引用された。
黒松比折牟
ただ一言さえ残していってくれれば、あるいは何か違ったのかもしれない。
黒松比折牟
そうなっていない以上は、無意味な想定だった。
黒松比折牟
自分はいったい、ここでなにをしているのか。
黒松比折牟
答えの明らかな問いを己に投げかけながら、装置をねめつける。
黒松比折牟
結果が出るまではまだしばらく待たねばならなかった。
黒松比折牟
そんな声を漏らしたところで、答えるものはいない。
GM
研究所の壁はやはり白々しく、あなたは暗黒にいる。
*
GM
クヌート・ペルレ。あなたはまだキャンプにいる。
GM
惨事のニュースはまだ生々しく、情勢に大きく影響を与えている。
GM
辺りは緊張した空気で満ちており、予断は許されない状況だった。
クヌート・ペルレ
バラした装備を手入れする。あの日と同じように。
クヌート・ペルレ
まだシオンがいた日と同じく。あるいはシオンを拾うよりも、ずっと前の日と同じく。
GM
それでも、同じ日は二度と来ないことを知っている。
クヌート・ペルレ
型の同じ銃弾が、撃ち出されればもはや同じものとしては戻らないように。
GM
取り返しのつくものなど何一つないことを、誰よりも知るのが傭兵という職業。
GM
とりかえしのつかないことだけが、今日も起きている。
GM
花見川隆史、黒松比折牟、クヌート・ペルレの3人は。
黒松比折牟
間の抜けた声を漏らし、慌てて周囲を見回す。
黒松比折牟
私がいちばんまともな恰好ではないか!? いや、それはともかく……
花見川隆史
「僕はとうとう頭がおかしくなってしまったのかな……」
花見川隆史
チリンチリンと自転車のベルを鳴らす。確かな手応え。
クヌート・ペルレ
ゴーグルの奥から、視線が花見川を見る。
黒松比折牟
「そんな確かめ方があるか! せめて自分に痛みのある方法でやれ!」
黒松比折牟
思わず、相手が銃を構えてもいないのに両腕を上げる。
GM
足元はゆっくりと回転する巨大な藍色の歯車で、動けばかすかにぐらりと傾く。
花見川隆史
「ウワーーッ! なんなんだこれ? そうだわかったぞ! 武装した人と白衣の人どちらかが黒幕なんだな!? マリナちゃん!」
クヌート・ペルレ
あー、と、何語ともつかない声を上げたあと、
黒松比折牟
問いを投げかける前に名乗られて、言葉が止まる。目が泳ぐ。
黒松比折牟
「お前たち、もしや……気が付いたら前触れもなくここにいたか?」
花見川隆史
「そう。相棒の自転車と帰り道の途中だった」
クヌート・ペルレ
動揺しているかどうかは、装備に隠れて伺えない。
黒松比折牟
「誰だマリナちゃんとは! 自転車の名前か!?」
花見川隆史
「違うよぉ! マリナちゃんは僕の婚約者! マイスイートハニーだよ!」
GM
このままだとクヌートさんにJapaneseというものを誤解されてしまう。
黒松比折牟
「まあいい! 私は気分がいい! ここがどこかは分からんが帰りたいなら調査が必要だろう協力しろ! 私は天才だから何とかなる!」
黒松比折牟
めちゃくちゃ早口で言って意気揚々としている。
花見川隆史
まさかこの期に及んで僕よりおかしい人と遭遇するとは思わなかったなマリナちゃん。
クヌート・ペルレ
早口に捲し立てられる言葉に若干聞き取りに難がある中、
クヌート・ペルレ
「……戻らなければならんのは、そうだが」
黒松比折牟
「そうだろう、そうだろう。我々は同じ穴の貉だ」
花見川隆史
「協力しましょうって事を言いたいんだね」
黒松比折牟
「そういうことだ。ちなみにムジナは……タヌキやアナグマなどを指す日本語だ」
花見川隆史
「小難しく協力しようって言ってるだけだよ」
黒松比折牟
「協力しない理由はあるまい? ここがどこかも分からんのだから」
花見川隆史
「積極的に家に帰る理由はないかな。
マリナちゃんがもういない世界で生きていける気がしないし」
クヌート・ペルレ
二人とも、どう見ても自分よりも荒事向きではない。
花見川隆史
「君たちが帰りたいなら協力はするけど……僕は黒松さん程モチベーションはないよ」
花見川隆史
怪奇現象。最初は面食らったけど、ちょうどいいかもしれない。
黒松比折牟
死んでるんだな…マイスウィートハニー…という情報を今ようやく得た。
GMこの人なんで
人より正気度高い
装備アビリティの【大胆】で正気度の最大値が1点増えている。
のかわからなくなってきたな。
GM
では、三人ともお友達になったところでですね……。
GM
頭上からギシギシという音が聞こえてきて、何かがゆっくりと降下してくる。
GM
それは、幾つもの大きな歯車を組み合わせたオブジェのような物体。
花見川隆史
これが見たことのない種類のトラックだったら許せないかもしれない。
GM
色とりどりの歯車は、それぞれ異なった材質をしているようです。
GM
しかし、軋んだ音を立てるばかりで、どれ一つとして動いてはいません。
GM
回るものは、あなた方が足元にしている、巨大な藍色の歯車のみ。
黒松比折牟
「止まっているようだな。……単なる飾りか?」
花見川隆史
「これ急にこっちに向かって超スピードで激突したりしないよね?」
GM
ふと、あなたがたは最も高いところに位置する青色の歯車に、少女が腰掛けているのに気付きます。
黒松比折牟
「するなら激突ではなく回転ではないか……?」
調停者
「わ~~!!!! じゃじゃじゃーん、おめでとうございます~~!!!」
調停者
少女が大げさに拍手すると、ひらひらと沢山の色紙がわーっっと降り注ぎます。
花見川隆史
あ~~~っ!! 大量に! 網目に! 挟まり! あ~~っ!!
調停者
「なんと、なんとなんと、みなさん選ばれたのです!!」
調停者
「すごい、超お得!! 今ならみなさんお三方だけ!!! なんと、過去を変えることができちゃいます!!!!」
花見川隆史
「えーーーっ!! 嘘じゃないんですか!?!? やりますやりますやります!!」
花見川隆史
「よくわかんないけどもうやります! やるやる! やる!!」
調停者
「この世界では! 『失われた可能性を取り戻す』ことが出来ちゃうんですね~~~!! これってすっごいことなんですよ!」
調停者
「覆水盆に返らずって言うじゃないですか。あれ、実は嘘なんですよ! この世界では!」
黒松比折牟
どこかにドッキリのカメラがあるのではと探したくなるが……
クヌート・ペルレ
「クロマツ。あれは何を言ってるんだ」
黒松比折牟
「取り返しのつかないはずのことを取り返せると言っている」
花見川隆史
「じゃあマリナちゃんを蘇生してこの世のトラックというトラックを粉砕する事も可能なんだね!?」
黒松比折牟
「過去の改変ができるというわけだ。つまりこの怪奇自転車男は死んだ婚約者を蘇らせられると大興奮している……このように」
クヌート・ペルレ
少女と花見川の間を視線が往復する。
花見川隆史
「絶対信じられないけど信じるしかない~~~絶対信じられないけど信じるしかないよ~~~!! 怪しげな壺とか買いまくるよ~~!! エ~~ン!!!」
黒松比折牟
「特別に我々三人と言っていたが、この世界ではそのような催しを何度もしているのか」
黒松比折牟
別に、自分が気づいたらここにいたから、レオも同じようにここに、と安易に結び付けているわけではない。
黒松比折牟
ただ、人間が急に消える現象が起こりうる、という事実を確認したのは大事なことだ。そして、レオがここに以前に来た可能性を否定するものではない。
調停者
「それは、本ゲームを進めていけば、もしかしたらわかるかもしれませんね~」
調停者
「遅ればせながら、女こと、調停者と申しまーす」
調停者
「とにかく、皆さんが『失われた可能性を取り戻す』お手伝いをさせてもらいますよ~」
調停者
「それに、詐欺とかなんだとか、私を疑っているみたいですけどお~」
調停者
「このわけわかんないすっごい世界を見て、それでも疑うんですか?」
花見川隆史
「人間、25歳を過ぎると純真さは失われていくから簡単にものは信じられないんだけど世界はたしかにすっごいね」
調停者
「なんか、スペシャルで、すっごい、なんか非現実的で、とんでもないことが起きてるぞ~~感をね」
調停者
「そういう感じの感を出すために、わざわざこういう世界をね、提供させてもらってるわけですよ」
黒松比折牟
避けがたい必要があってこのような見た目であるわけではないのか……
花見川隆史
「どっ、どうしましょうか……黒松さん、クヌートさん」
花見川隆史
「詐欺じゃないと思いますか? 詐欺だとしても僕はこの話、乗りますが……」
クヌート・ペルレ
「……幻覚だとして、私の幻覚に日本人二人と奇抜な女が出てくる余地はない気がするが……」
調停者
だってたかだか人間が作った歯車なんてもので実際の世界が動いてたりしたらおかしいじゃないですか?
黒松比折牟
「我々は急にここに来たように錯覚しているが、単に薬品で眠らされ記憶が曖昧になっているだけで」
黒松比折牟
「この女は詐欺師と仮定してもいいが……」
黒松比折牟
信じたい気持ちがあるからこそ、疑ってみせている、と感じる。
調停者
「ふふふ、当然、疑問はたくさんあると思います!」
調停者
「まあまあまあ、みなさんにやりやすくね、ゲーム仕立てにしたんですよ」
調停者
「だから、まずはここにある、歯車を調べてもらえば、わっかるかな~」
調停者
そんな感じで、メインフェイズに入っていきますよ。
黒松比折牟
「機械仕掛けの世界からの脱出」といった感じだ。