GM
閉園の近づく園内。
GM
夏が近づいてきて、まだ少し明るい。
GM
遠くの方に、いちばん星が見えるぐらいには。
オレンジ色の空が夜の青にうっすら染まりかけている。
GM
あの2人で笑い合った雨の日の夕暮れのような空。
野々村大翔
帰路へ着く人々の中を、男が走っていく。
野々村大翔
汗だくで、パレードの衣装は着っぱなし。
野々村大翔
息を切らせて走りながら、探す相手を見つけて、大きく手を振る。
相模 邦晃
エントランスから入ったところに男はいた。
野々村大翔
「あ~! いた、いた! いたっ!」
野々村大翔
「邦晃! 邦晃~っ!」
相模 邦晃
振り返る。
相模 邦晃
上から下までびしょびしょに雨に濡れている。
濃い色のスーツは、もっと濃く。
元の色が何色だったかすらわからない。
相模 邦晃
濡れて落ちてくる前髪をあげて、向き合う。
野々村大翔
そりゃそうだ! おれだってびしょ濡れだもんな。
相模 邦晃
「……大翔」
野々村大翔
目の前で立ち止まって、俯いてぜえぜえと息をつくと、顔を上げた。
野々村大翔
相手の上から下まで何かを確かめるようにじろじろと眺めてから、
野々村大翔
「よしっ!」
相模 邦晃
「約束通り、見に来た……」
野々村大翔
と言う。
野々村大翔
「もらってないか、もらってないな? もらってたら交換な」
相模 邦晃
「?」
相模 邦晃
「何をだ」
野々村大翔
言いながら、
野々村大翔
差し出したのは、パレードの入りに踊り子たちが配っていた赤い花。
野々村大翔
「ごきげんよう!」
野々村大翔
握手!
相模 邦晃
面食らう。
相模 邦晃
あの日、走り出したときと同じほど遅れて。
相模 邦晃
「ごきげんよう、」
相模 邦晃
受け取って。
握手。
野々村大翔
「おう!」
野々村大翔
汗だくのびしゃびしゃに濡れた手で握って、上下に振るシェイクハンド。
相模 邦晃
差し出した左手を、違わず握り合っている。
野々村大翔
「……来てくれて、ありがとう」
野々村大翔
「どうだった?……パレード」
相模 邦晃
「……よかった」
野々村大翔
まあ、聞かなくても、分かる。
野々村大翔
そんなびしょ濡れになるまで見てくれてたんだもんな。
野々村大翔
嬉しそうに笑って、手を離す。
野々村大翔
「よかった~!」
相模 邦晃
「……」
相模 邦晃
言葉が出てこない。
野々村大翔
「先輩たちにも手伝ってもらってさ」
相模 邦晃
頷く。
野々村大翔
「絶対いいパレードになったと思うんだけど、それでもやっぱ緊張してさ」
野々村大翔
「滑ってたらどうしようかと思ったんだよ!」
相模 邦晃
頷く。
野々村大翔
「……だから、安心した」
野々村大翔
「ほんとに、ありがとな、邦晃」
相模 邦晃
首を横に振る。
相模 邦晃
「私の、」
相模 邦晃
「私の方から言いたかった言葉だ、それは」
相模 邦晃
言うべき言葉と、普段なら言っていたところを。
相模 邦晃
そう告げて。
野々村大翔
「……そっか」
野々村大翔
「そっか、うんうん!」肩を揺らして笑う。
野々村大翔
びしょ濡れの衣装。遠目には鮮やかだった色は水を吸って重たくなり。
野々村大翔
まるで魔法が解けたよう。
相模 邦晃
その姿に思わず、笑い。
相模 邦晃
「ここじゃ絞れないな」
野々村大翔
「ああ~? ああ」
野々村大翔
相手の笑顔を、眩しそうに眺めて、ちょっと生返事。
野々村大翔
「そうだな、まあ、そのうち乾く……」
野々村大翔
「……前に、タオルとかで拭いたほうがいいか。持ってくるの忘れたな」
相模 邦晃
「生憎、私のハンカチも使い物にならない」
野々村大翔
「わはは」
野々村大翔
笑う。
相模 邦晃
「はは」
相模 邦晃
笑う。
野々村大翔
笑いながら、パレードの熱狂から、バケノカワの想いから、
野々村大翔
…ゆっくりと気持ちが浮き上がって、あらためて目の前の人を見つめる。
相模 邦晃
少し前まで“誰か”だった。
相模 邦晃
相模 邦晃。
野々村大翔
今はびしょ濡れで、自分の差し出した赤い薔薇を持っている。
野々村大翔
もし、自分が本物の野々村大翔なら。
野々村大翔
このあと食事かなんかに誘って、そこで改めて話したりするんだろう。
野々村大翔
でも、野々村大翔はもう死んでいる。
野々村大翔
「……楽しかったならさ」
野々村大翔
「またワンダーランドに来いよ、邦晃」
野々村大翔
「お前のためのパレードなら、何回だってしてやるからさ」
相模 邦晃
「仕事だろう。そんなことが許可されるものか、」
相模 邦晃
「と、前の私なら言っていただろう」
野々村大翔
今は?と促す。
相模 邦晃
右手の時計を見る。
相模 邦晃
「……閉園まであと20分あるな」
相模 邦晃
「せっかくだから少し見て回ろう」
野々村大翔
「おっ!」
相模 邦晃
「私はまだパレードしか見ていないからな」
相模 邦晃
「それから結論を出すべきだ」
野々村大翔
「走るか?」
相模 邦晃
苦笑して。
相模 邦晃
「革靴ではな」
野々村大翔
「雨、止んでるしな!」
相模 邦晃
「お前みたいに体力が有り余っているわけじゃなし、」
相模 邦晃
「パレードの後だぞ」
相模 邦晃
また少し、笑い。
野々村大翔
「うん」
野々村大翔
「じゃあ、まあ、ゆっくり歩いて、見て回れる限り」
相模 邦晃
「行けるところまで行こう」
野々村大翔
「案内するよ、けっこうほかのパビリオンにも詳しくなったんだぜ、おれ」
野々村大翔
言いながら、歩き出す。
相模 邦晃
その後ろを着いていく。
相模 邦晃
今度はゆっくり。
野々村大翔
バケノカワになった人の望みは、周囲の人を悲しませないこと。
野々村大翔
おれたちカイブツの命題は、人間たちに笑って楽しんでもらうこと。
野々村大翔
この人はもう、大丈夫だろうか?
野々村大翔
おれの野々村大翔の部分は、まだまだほっとけない、なんて言ってる。
野々村大翔
それを感じているおれの……
野々村大翔
情熱とは違うこの、胸の熱さは?
野々村大翔
考えながら、口は勝手に明るく喋りだしている。
野々村大翔
そうして、邦晃の笑顔を見て、嬉しいなんて思っている。
野々村大翔
閉園までは、もう少し。
鈴村 舞姫
「おーい!」
鈴村 舞姫
手を振って、遠くから走ってくる。
野々村大翔
「あっ!」
河上 マオ/レオ
「うわ~! コウハイ、未だにびしょぬれ!」
鈴村 舞姫
「そんな格好でお客様を案内するやつがあるか!」
河上 マオ/レオ
とか言いながら連なって、うんうん。
野々村大翔
「スズ先輩! マオ先輩、レオ先輩!」
鈴村 舞姫
ふたりぶんのタオルと、ワンダーランドの派手なシャツに、サンダルなんかの着替えを渡す。
野々村大翔
「ありがとうございます!」
野々村大翔
ワンダーランドの先輩で、今回のパレードにも協力してくれて、なんて邦晃に説明している。
相模 邦晃
隣で折り目正しく聞いている。
河上 マオ/レオ
「風邪ひいちゃ、せっかくの気分も台無しですからねえ!」
鈴村 舞姫
「そうだそうだ!」
鈴村 舞姫
相模に向かい直って、微笑む。
鈴村 舞姫
「お客様、本日大変混雑しております。退園には時間がかかると思われますので……」
鈴村 舞姫
「閉園時間より、30分くらい遅れてゲートに向かうことをおすすめいたします!」
野々村大翔
「!」
相模 邦晃
「……」
野々村大翔
「……じゃあ……着るか! 邦晃!」
野々村大翔
派手なシャツとタオルを手渡す。
河上 マオ/レオ
「うっかり迷って、帰り道を忘れちゃっても安心ですね~!」
相模 邦晃
眼鏡を指でかけなおし。
相模 邦晃
「……いいだろう」
鈴村 舞姫
「そうそう、ワンダーランドは広いので、迷子にはお気をつけくださいね!」
野々村大翔
「絶対似合う! 絶対似合う!」
野々村大翔
気を付けないとなあ~!
鈴村 舞姫
「それと野々村!お前は今日もう上がっていいぞ!!」
鈴村 舞姫
本当はお客様を見送ったりするのがあるけど……まぁ今日はな!
野々村大翔
「うわ~!」
鈴村 舞姫
30分くらいはいいんじゃないか!
河上 マオ/レオ
まあ、そうそう。うちの優秀なコウハイがついてますからねえ。
河上 マオ/レオ
このお客様も、迷子にはならないでしょう。
野々村大翔
ありがとうございます!と言いながら、こっちはもう脱いで派手派手のシャツに着替え、靴もサンダルに履き替えている。
鈴村 舞姫
ショッピングバックを渡して着替えを入れさせて、じゃあな、なんて言ってまた走ってゆく。
野々村大翔
追加のにわか雨のように去っていった先輩たちを、半ば呆然と見送っている。
河上 マオ/レオ
ツケておきますからね~! なんて去り際に言って。
相模 邦晃
あとでトイレで着替えます。
と、丁寧に礼を述べて去っていく姿を見送った。
相模 邦晃
「……着るか」
野々村大翔
「おう!……トイレはこっち!」
相模 邦晃
「まるで嵐のように、いろいろなものを手渡されるなここは……」
相模 邦晃
言いつつ、口調は穏やかに。
野々村大翔
「ワンダーランドだからな!」
野々村大翔
理由にもなっていないことを言って、先導する。
相模 邦晃
あの日の続きを少しだけするために歩き出す。
野々村大翔
耳はないけど……耳より派手だな。
相模 邦晃
夏だからアロハか……。
相模 邦晃
「夏が来るな」
野々村大翔
「ああ!」
野々村大翔
「夏って感じだ!」
野々村大翔
アロハの胸元をちょっと引っ張って整えながら、笑った。
相模 邦晃
「お前もそんな感じだ」
野々村大翔
「お前もそんな感じになるんだよ!」
相模 邦晃
「わかった、わかった」
野々村大翔
笑いながら、歩いていく。
相模 邦晃
二人で。
野々村大翔
ワンダーランドを!
GM
不思議がいっぱいの遊園地。
GM
誰かが誰かのために。
握手でごきげんよう!
GM
お帰りは、もちろん笑顔で!
GM
GM
But, there’s something, just as inevitable as death.
And that’s life.
GM
Life, life, life!
GM
しかし、死と同じように避けられないものもある。それが人生さ、生きることさ。
GM
生きることさ!
GM
GM
誰かのために成り代わる
  バケノカワ

  『My Dear.』
GM

     FIN