ED

スクエア
「――は、っは……っ……」
スクエア
崩れ落ちる。
GM
辺りには、むせ返るほどの血の臭い。
GM
ヘルブラムは動かない。だが、死んでいるかは分からない。
GM
それを、確かめねばならないだろう。
コウキ
手をついて起き上がって、ふらりと歩み出る。
コウキ
スクエアのほうではなくて、ヘルブラムのほうへ。
スクエア
その後ろ姿を、霞む視界が捉える。
ヘルブラム
這いつくばり、血の海の中に倒れている。
ヘルブラム
その体は、わずかに震え、動いているように見える。
コウキ
怖い。
コウキ
また動き出すのが怖い。
コウキ
次立ち上がったら、スクエアがどうなるか。
コウキ
自分だってどうなるかわからない。
スクエア
立ち上がろうとして、膝が震える。
ヘルブラム
「っ……は、……は……」
ヘルブラム
手が、血だまりの中を動く。
スクエア
行くな。
ヘルブラム
立ち上がろうと、している。
コウキ
ひっ、と小さく悲鳴が漏れた。
コウキ
そうして、恐怖心のままに。
コウキ
鍋蓋でヘルブラムの首を叩く。
コウキ
何度も。
コウキ
叩きつける。
ヘルブラム
「がっ」
ヘルブラム
「ぐあっ」
ヘルブラム
血が飛び散り、ヘルブラムの体が跳ねる。
コウキ
こどもが蜘蛛を潰すように。
スクエア
「――コウキ」
コウキ
びくり、身が震える。
ヘルブラム
まだ死なない。まだコインの力はヘルブラムを生かしている。
コウキ
生きているのがわかるたびに背筋が凍る。
コウキ
怖い。
コウキ
死んでほしい。
コウキ
はやく。
コウキ
首に何度も、鍋蓋が叩きつけられる。
ヘルブラム
「っ……ぎっ……」
スクエア
「――コウキ!!」
ヘルブラム
「はっ……はは」
ヘルブラム
「は、ははははははははっ」
スクエア
あなたの後ろで、何か声がしている。
ヘルブラム
哄笑。
スクエア
ただそこにいるだけの、無力な声。
ヘルブラム
「そ、うだっ……」
ヘルブラム
「そうだ、ろうがよ……」
ヘルブラム
首を殴られながら、息の根を止められようとしながら、血まみれの笑う顔がコウキを見つめる。
ヘルブラム
「何がヒーローだ」
ヘルブラム
「何が救世主だ」
ヘルブラム
「何が、みんなを守るだ」
コウキ
「っ」
ヘルブラム
「末裔は、俺の役には立たねえ。
 だから、死んでおいたほうがいい」
ヘルブラム
「救世主は、いずれ俺に楯突く。
 だから、みんな殺しておいたほうがいい」
コウキ
遮ろうと、なんども。暴力を振るう。
ヘルブラム
「ぎゃ、はは……」
スクエア
這いずる度、腹の下から血痕が伸びる。
ヘルブラム
笑い声は、殴られるたびにうめき声とともに途切れる。
スクエア
「コウキ…………」
ヘルブラム
それでもまだ、しばらくは笑い続けている。
ヘルブラム
「死ね、救世主」
ヘルブラム
「死ね、末裔」
ヘルブラム
「お前もッ……いずれ……」
GM
永遠とも思えるような、悪夢のような時間。
GM
何度目かの殴打とともに、言葉は途切れる。
GM
*ヘルブラムは死亡。
コウキ
言葉が途切れてもしばらく、殴り続けていた。
GM
ヘルブラムの身体は、もうほとんど原型を留めてはいない。
スクエア
鈍い、湿った音が聞こえる。
スクエア
……コウキ。
スクエア
本当は、お前にまだ、伝えていないことがある。
スクエア
だから、どうか。
スクエア
どうか……
スクエア
…………。
スクエア
救世主のもとに末裔が辿り着くまで。
長いようで、その実は束の間であったかもしれない。
スクエア
「コウキ」
スクエア
「もう、いい」
スクエア
膝を折って、辛うじて身を起こして、声を掛ける。
コウキ
「……」
コウキ
手が止まる。
コウキ
ゆっくりと、振り返る。
コウキ
「スクエア」
コウキ
「…………」
コウキ
続く言葉が出ない。
コウキ
なにもかもが恐ろしくてしかたなかった。
コウキ
じぶんが人を殺しているということも。
コウキ
だから、目も合わせられずにいる。
スクエア
「…………」
スクエア
あなたは、間違っていない。
スクエア
救世主の責務。
スクエア
救世主は、他の救世主を殺さなければ、生き永らえることができない。
スクエア
あなたは、救世主だ。
スクエア
救世主に、なってしまった。
スクエア
きずが酷く痛む。
スクエア
「コウキ」
スクエア
もう一度その名を呼んで、手を伸ばす。
スクエア
こちらを見ないあなたを、引き寄せて。
スクエア
血に塗れたその腕で、抱き締めた。
コウキ
いちどびくりと身がはねて。
コウキ
けれど抵抗せず。
コウキ
そのまま腕におさまる。
スクエア
言葉はなく、ただ、傷が痛むのも構わないで、強く。
コウキ
腕の中の身体は、震えていた。
GM
GM
ヘルブラムの配下は、彼の死とともに散り散りになり、姿が見えなくなった。
GM
あなたたちや、村人たちからの報復を恐れたのだろう。
GM
だれが使ったのか、馬車ももうない。
GM
だが、荒野に逃げたかれらの、何人が生き延びられることか。
GM
一方で、火は消し止められ、略奪が止められて、村人の生存者は少なくなかった。

「蓄えも燃やされず、ほとんど無事で済みました」

「村は、これなら何とかやって行けそうです」

「救世主さま、あなたがいなければどうなっていたことか」

「あなたのおかげです。ありがとうございます」

村人たちは、口々にあなたを褒めたたえ、礼を言う。
コウキ
「うん」
コウキ
「よかった」
GM
そして、もしかしたら、その中にある彼らの恐れに、気づいてしまったかもしれなかった。
GM
あれほど残虐の限りを尽くし、戯れに末裔たちを殺し、村を燃やそうとしたヘルブラム。
GM
それほど恐ろしい救世主を、あのような変わり果てた姿になるまで打ち据え、殺したあなたを、末裔たちが恐れないはずはなかった。
コウキ
じぶんは救世主。かれらは末裔。
GM
あなたを温かく歓迎し、嬉しそうに声をかけ、食べ物を振る舞ってくれた村は全く空気を変え、どこかよそよそしく。
コウキ
きっと、そういうものだ。

『末裔は、俺の役には立たねえ。
 だから、死んでおいたほうがいい』
コウキ
あのときのヘルブラムの声が頭から離れない。

『救世主がいなきゃ何にもできねえ、末裔が……』

『俺様を戦わせて、見ているだけの末裔が……!』
GM
あるいはあのヘルブラムも、いつかはこんな風に、よそよそしい感謝を捧げられたのだろうか?
コウキ
ヘルブラムの言う通り、みんな見ているだけだった。
コウキ
ただひとりを除いて。
GM
あなたの隣にはただ一人、共に戦った末裔の姿がある。
スクエア
それは静かに、あなたと共にある。
スクエア
口数は少なく、何を考えているかなんて分からないような顔をして。
スクエア
他の者のように笑うことはない。
コウキ
笑ってほしい、と言ったのはいつだっけ。
コウキ
ずいぶん昔のことな気がした。
コウキ
つくり笑いをされているのがわかる。
GM
かれらはあなたに殺されたくないから、笑うのだ。
GM
もしかしたら、あなたの持つ力の恩恵にあずかるために。
GM
隣に立つ、笑わない青年はどうだろう?
スクエア
「……」
スクエア
「コウキ」
スクエア
「今日はもう、疲れたでしょう」
コウキ
「ううん」
コウキ
「だいじょうぶだよ」
コウキ
その体は言葉とは逆に、ちいさく震えている。
スクエア
「……俺は疲れました」
スクエア
「泊まりますよね、今日も」
スクエア
そう言って、村人たちの声に背を向ける。
コウキ
こくりと頷いて、隣に並んで。
コウキ
一緒に立ち去る。
GM
ふたり、人々の輪から抜けて歩いていく。
GM
村人たちは、ヘルブラムに殺された遺体を弔い、生き延びたことを祝い、喜んでいる。
GM
あなたが守った営み。
GM
それが、あなたにとって価値のあるものなのだったのか、今はもう分からない。
GM
事実として──
GM
あなたは、この堕落の国に落ちて、はじめての裁判を生き延びた。
GM
そして、これからを、この世界で生きていく。
コウキ
村人たちの笑い声が、どこか遠くで聞こえる。
GM
『救世主』として。
コウキ
それはじぶんが勝ち取ったものなのに、他人事みたいで。
コウキ
みんなのようには笑えなかった。
GM
──もう許されない。笑うことも泣くことも。
GM
Dead or AliCe シナリオ
『人間の子供』
GM
おわり