2時間目

GM
そして、それから一ヶ月。
GM
籤が一度引かれ、そして良い子の救世主が一人死んだ。
GM
貴方達はまだ、この施設にいる。
GM
*お茶会R1 アーユス
アーユス
*子夏の浪費癖を舐めます
アーユス
*ティーセットを使って
アーユス
ダイスは……まあ……後で……
アーユス
*クエスト『詐欺罪』もしちゃうぞッ
アーユス
1d12 (1D12) > 2
2:広い食堂では必ず決まった時間に、決まった食事が振る舞われ、全ての者が同じ食事を口にする。
子夏
ごはんだ~。
アーユス
わーい飯だー
子夏
堕落の国であることを考えると、ここの食事だけはけっこう良いです。
アーユス
「いつ見てもムショっぽくてウケるなこの飯」
子夏
「でもすっぱいワインの味するジャーキーとかよりはマシですよ」
子夏
「牛乳も出るし」
アーユス
「パンとかマジ久々だな~」
子夏
もぐもぐ。
子夏
よく食べます。
アーユス
おかわりを要求してみるか。
子夏
おかわり出るのかな?
GM
担当の末裔がよそってくれます。
子夏
えっすご~い。
アーユス
やった~
子夏
じゃあたくさんよそってもらっちゃお。
GM
残す事は”推奨”されていません。
子夏
全部食べますよ。
アーユス
「マジ飯食うぐらいしかやることねえしな」
子夏
「そうですねえ~。ごはん食べて、運動して……」
アーユス
「"スポーツ"はし辛えしよお」
子夏
「図書室もなんか、こう……」
子夏
「子供向けというか……」
アーユス
「あれなんなんだ?何語?」
子夏
「あっ、あれ、たぶん日本語ですよ」
子夏
「日本知ってます?」
アーユス
「あー!知ってる知ってる!アジア人!」
子夏
「僕もアジア人ですけど」
子夏
広いなあ~。
アーユス
「チャイニーズよりうるさくないやつ」
子夏
「なんかもごもごした喋り方しますよね」
アーユス
「話しかけたらまず俺にじゃなくて同伴者とかと相談する奴らでウケる」
子夏
「あはは」
アーユス
「日本人な~めっちゃ財布スリやすいから好き!」
子夏
「うわ~」
子夏
「僕も元の世界だとスられてただろうな~」
アーユス
「スられる顔だわ~」
子夏
授業から一か月経って、子夏はおおむね持ち直してきた。
子夏
持ち直してきたというか、落ち着いてきたというか。
アーユス
こいつも一切相手の疵には触れようとしなかった。
子夏
決まり切った飯を食べながら、にこにこ雑談に応じている。
子夏
「スられる顔かな?」
アーユス
「ちょっと路地裏入ったら囲まれる顔」
子夏
「あ~」
子夏
「道間違えて囲まれたことあります」
アーユス
「ウケんね」
子夏
「あの時いちばん脚速かった(笑)」
アーユス
「逃げ足ははえーんだウケる」
子夏
「いや~、かけっこで勝ったことないですね」
アーユス
「早くねーんかよ」
アーユス
適当な雑談をしながらへらへらと笑う。
子夏
「狗急跳墙ってやつかな?」
アーユス
「なんて」
子夏
「犬も追い詰められると塀を飛び越える、です」
アーユス
「わかりやすい」
子夏
飯を食いながらぼや~っとした会話をしている。
アーユス
手慰み、茶菓子代わりの食事も減って……というか、流石にこれ以上のおかわりは腹がキツい。
子夏
キツいはずだが、末裔が通りがかるのを見てはおかわりを頼んでもぐもぐ食べている。
子夏
「こういうの、僕の国だと残すのが礼儀なんですけどねえ」
アーユス
「っつか食えんね~よく入るね」
アーユス
「残すのが礼儀ってヤバ、そういやアジア人つって、どこだっけ?」
子夏
「中国です、中国」
アーユス
「中国か~」
アーユス
なんかあのデカいとこ……ってイメージ
子夏
「中国の、洛陽ってとこ」
アーユス
「全然わからん。北京でギリ」
子夏
「そんな~」
アーユス
「北京も正直地図のどこにあるとかわからんわ~」
子夏
「首都になったこともあるのに」
子夏
大昔の話ですけど。
アーユス
「俺地元の首都もわかんねえ(笑)」
子夏
「そういえばどちらでしたっけ」
アーユス
「イギリス~」
子夏
イギリスの首都がわからない!?
子夏
びっくりしています。
アーユス
「つか中国ってそーいやアレじゃんね、なんかウチんとこと揉めたって」イギリスをウチと言うな。
子夏
「あっ、そうそう。阿片をね」
子夏
「売りつけられてね」
子夏
「戦争とかしたんですよ。昔」
アーユス
「ウケる」
アーユス
「いいじゃん阿片、買っとけ買っとけ」
子夏
「試したことありますよ」
アーユス
「おっどうだった?」
子夏
「なんか……眠い……?」
アーユス
「ダウナー系だもんね~」
子夏
「あんま役に立たなかったですねえ」
アーユス
「何かに使ったの?」
子夏
「……」
子夏
「ええ、修行に~」
アーユス
「あ~なるほど」
子夏
にこにこしている。
アーユス
「つかよ~食い飽きたし外行かね~?庭」
子夏
「あ~、そうですね」
子夏
配膳されたぶんを食べ終えて、トレーに載った食器を片付けに向かう。
アーユス
言いながら飲み残しの牛乳を近くの救世主がよそ向いたスキに流し込んでいる。
子夏
「あっ、その前にちょっとトイレ」
アーユス
「おう」
アーユス
堕落の国で連れションはしない主義
子夏
トイレに向かって、すっきりした顔して戻ってきました。
アーユス
「よく入るんだなあ」
子夏
「はい~」
子夏
「なんか食べちゃうんですよねえ」
子夏
「まあ、気持ち悪くなっちゃうけど」
アーユス
「まあ俺もあったらあるだけ食うわ」
アーユス
「ウケる そんな食うなや」
子夏
「わはは。まあまあ」
アーユス
「まいっか~」
アーユス
どうでもいい話をしながら白い廊下を歩く。
アーユス
そして中庭へ。
子夏
庭だ~。
子夏
ここも堕落の国からするとびっくりするぐらいきれいな庭。
アーユス
外よりも空気が良いような気がせんでもないけど、息苦しい。
子夏
僕もお金あるとき庭作ったりしたな~。
アーユス
なんなら俺の地元よりきれいかも。
アーユス
「花なんて咲かせて、維持してんのあいつやべーな~」
子夏
「あはは」
アーユス
道徳のことを揶揄しつつ。
子夏
「狂ってるんでしょうねえ」
アーユス
「ま~やべーよあいつ」
子夏
「あんなことで、誰かを助けられると思ってるんだもんなあ」
子夏
「まあ、実際……助けられている人はいるのかな?」
アーユス
「そんでこんな救世主集めて、こんなもんまで付けてんだもんな」
アーユス
「あー」
子夏
「この前籤でひとり死んじゃいましたけど」
子夏
わはは、と笑っている。
アーユス
狂信者たちの事を思う。
アーユス
「あの死んだのウケた」
アーユス
「あいつ目ヤバかったもんな。絶対シンパ」
アーユス
「シンパだっけ?あいつと話してねえから覚えてねえんだわ」
子夏
「あ~、そうですねえ~」
子夏
「シンパ、と言っていいぐらいかは微妙かな?」
子夏
「従順にして大人しくして、良い子にしていた感じですね」
子夏
「かわいそうだったなあ!」
アーユス
「アイツあの"審問"でも張り切って考えてたしよ」
アーユス
「その結果あんなクジで死ぬんだからウケるわ」
子夏
「道徳の救世主さんの言うことを聞いてれば、籤に当たりづらくなる……
 っていう噂が流れてましたけど、とてもそうは思えないなあ」
アーユス
「まあ次は……どうなるかわかんねえしな」
アーユス
「……っつうことで、なあ」
アーユス
声をちょっと潜めて笑いつつ。
子夏
「はあい」
アーユス
「あからさまなアイツな」
アーユス
「やるしかねえよな~」
子夏
「そうですね~」
アーユス
何故か肩幅の広いアイツ。
子夏
「あのひとが次の籤を引いてくれると、とっても助かりますからね~」
アーユス
「やるならまあ、今日」
子夏
「ですねえ」
アーユス
「次"道徳"が帰ってきたらいつ出るかわかんねえしな」
子夏
「働き者でらっしゃいますからねえ! 道徳の救世主さまは」
アーユス
「一生帰ってこなきゃいいのになあ~」
アーユス
「毎回無傷で亡者のなんか持って帰ってくんだもんな。コイン何枚だ?あいつ」
子夏
「そればっかりは想像もつかないなあ」
アーユス
「俺ガチ逃げしたけど捕まったしよ」
子夏
「僕もぜんぜん逃げられなかったですねえ」
子夏
「その時はお茶会もなんもなくって、気が付いたら倒されてて……」
アーユス
「あー俺も俺も」
子夏
「だからその時は、まさかこんな場所でこんなことをさせられるとは思わなかったですね」
アーユス
「イかれすぎだろアイツ」
子夏
「ほんとに」
アーユス
「まーこんなとこ出ねえと持たねえわ。なーにが道徳だよカス」
アーユス
「子夏クンはさーここ出たら何すんの?」
子夏
「僕ですか?」
アーユス
「そそ」
子夏
「僕はまあ、てきとーに」
子夏
「ここに入る前とおんなじですね」
アーユス
「ワハハ」
アーユス
「まあ俺もなんもねーけど!」
子夏
「こんな国で何をしたってねえ」
アーユス
「マジそれ~」
子夏
「でもまあ、確かにあのヨシュアさんの言ったのと同じで……」
子夏
「ここよりはマシかな」
アーユス
「マージでそう」
アーユス
「裁判しねえのは楽だけど、やっぱクジじゃなくて普通に殺してえな」
子夏
「そうですねえ」
子夏
「疵に触れないからなあ、ここだと」
アーユス
「あ、オメーあれだな~めっちゃお茶会好きなやつじゃん」
子夏
「好きですねえ!」
アーユス
「性格ワル(笑)」
子夏
「だから、あの授業、すごいいいな~って」
子夏
「自分で受けると最悪ですけど!(笑)」
アーユス
「カス~」
アーユス
非難するわけではない、ただの雑談。
アーユス
「まあヤだな~あれ」
アーユス
「思ってもねえこと言わされるもんなあれ」
子夏
「なるほど~」
アーユス
「なんか言わされるのま~じで」
子夏
そう思ってるんだなあ。
アーユス
「超キモい!」
子夏
「あはは、そうですねえ」
子夏
そう思ってくれるなら、僕のこともそう思ってくれるってことで。
子夏
それならいいかな~。
子夏
あえて訂正したりはしません。
子夏
この人はまだ授業の対象になったことないから、
子夏
その時に疵がより深くなる可能性はあるけど……
子夏
まあ……
アーユス
羊目の一件もあるしそうは思っていないけど、目の前の男の独白については、途中から聞いていなかった。ように思う。
アーユス
「っぱ暴力で疵ごとやるのが楽~!」
子夏
「わはは」
子夏
「猟奇の人って感じだなあ」
アーユス
「あたぼうよ」
アーユス
「あーつか、頑張って火起せねえかなここで」
子夏
「火?」
アーユス
「出る前に火事起こしたい」
アーユス
「倉庫とか焼いたりて~(笑)」
子夏
「そのへんの枝とか折って火起こせませんかね?」
アーユス
「ゴリゴリってな(笑)」
子夏
植え込みとかにガサガサてきとうに触っている。
アーユス
手をスリスリして摩擦するモーション
子夏
なんかこのへんの植物、生っぽくないんだよな~。
アーユス
「ダメくせえ感触ある」
アーユス
「かっっった(笑)」
子夏
「うそでしょ(笑)」
子夏
葉っぱをぐいぐい引っ張っている。
アーユス
「プラスチックじゃん」
子夏
「すご~」
GM
どう考えても心の疵の力が関わっている感触。
子夏
脅威度の差というか、この枷のせいというか。
アーユス
僅かに引っ張られて伸びただけの植え込みから手を離す。
アーユス
「無理すぎてウケる」
子夏
あの授業の時も、疵に触った感じ全然しなかったもんなあ。
アーユス
「まあ倉庫荒らすぐらいはできるか 出るときトイレに全部流してこうぜ」
子夏
手を離して、とりあえず手慰みに植え込みをガサガサ言わせています。
子夏
「あ~、いいですねえ」
アーユス
「殺すのは無理だから……迷惑かけてこっ」
子夏
「やりましょやりましょ」
アーユス
「あ~捕まえるんじゃなかったって後悔させてやろうぜ~」
子夏
「水道流しっぱなしにしたりして」
アーユス
「牛乳全部机にかけちゃお」
子夏
「わははは」
アーユス
「これが……俺たちからの道徳の授業だ!って感じでいこうぜ、華々しく」
子夏
「いよっ! 道徳的!」
アーユス
「イェーイイェーイ」
アーユス
ぴーすぴーす
アーユス
「そんで華々しく、ひっそり脱獄」
子夏
「そこはこっそりなんだ」
子夏
いやまあそうなりますが。
子夏
「うまくいくといいですねえ~」
子夏
残り一月かあ。
アーユス
「行かなかったら、うーん」
アーユス
「ま、いっかそれは考えなくてよ」
子夏
「そうそう。縁起悪いし」
アーユス
「いつ死ぬかわかんねえならパーっといくっきゃねえよなあ!」
子夏
「それよりどんな迷惑かけるかもうちょっと詰めましょ(笑)」
アーユス
「それな(笑)」
アーユス
無為な会話、時間の浪費。
アーユス
互いの疵に触れ合わない程度のどうでもいい会話。
子夏
気が紛れるというのは大事なことだ。
アーユス
正直他のやつとあんま話合わないんだよな。
子夏
しかもその無駄な会話の内容が、あの道徳の救世主に……
子夏
心に疵を持つ者のためを思って、熱心に授業を行っている奴に無駄に迷惑をかけてやろうというものなのだから。
子夏
なにも為せていなくても、それなりに胸はすく。
子夏
自分たちは力を封じられた矮小な救世主であるが。
子夏
少なくとも今のところ、無駄話を咎められることはないのだし。
子夏
浪費できることって言ったらこれぐらいしかないですねえ~。
アーユス
こうしてどうでもいい話をして自分たちを保っていられるというのは、道徳野郎に泥を浴びせられるような気持ちになる。
アーユス
お前では何も変えられないのだと、控えめに中指を立てる。
子夏
まあ、このあとに大事なお仕事もありますし。
子夏
英気を養うって感じで!
アーユス
ということで無駄話をしました。
アーユス
*子夏の『浪費癖』を猟奇で舐めつつ、『詐欺罪』のクエスト。ティーセットを添えて……
アーユス
2d6+4-3+2>=9 (2D6+4-3+2>=9) > 9[6,3]+4-3+2 > 12 > 成功
GM
*成功!
[ 子夏 ] 浪費癖 : 0 → 1
アーユス
*ティーセット増減書いてなかったので省略
アーユス
というわけで、俺たちは移動します。
12:道徳の救世主の私室には厳重に保管された箱がある。30日に一度、犠牲となる者を決める籤で、道徳の救世主はそれをカンビュセスの籤と呼んでいる。
アーユス
俺たちつったけど俺一人でもいいんだぜ~
子夏
一緒に行きますよ~
アーユス
イエーイ
アーユス
どうせあいついねえし、シンパ系も回ってこない時間っつうか、羊目とかに足止めしてもらったらなんとかなる時間を俺は把握していたのであった。
子夏
助かる~。
アーユス
「おー、あったあった。これこれ」
アーユス
声は抑えめにしつつ、部屋を探し……見つける。
GM
それは金庫の中に厳重に仕舞われていたものだが、疵の力が使われているでもない普通の金庫だ、どうとでもなる。
子夏
うーん、色々思い出すなあ。
アーユス
見回して、まあ怪しい金庫があったんすよ。
子夏
いかにもな金庫ですねえ。
アーユス
俺の友達金庫破りしててさ~
子夏
へえ!
アーユス
というわけで、しばらく金庫に耳を当てつつダイヤルを回したりしましょう。
子夏
様になってるな~。
子夏
気が散らないようにおとなしく見てます。
GM
金属の歯車の回る音、その中の微細な違い。
GM
心の疵の力が使われていないということは、それはこの国で作られたものであるということ。
アーユス
多分末裔が作った金庫なんだろうな、少し"荒い"。
アーユス
四角四面のあの救世主が作った金庫だったらヤバかったろうなあ、と思いつつ……
アーユス
軽く引きながら回したダイヤルに、手応え。
アーユス
「イェ~イ」開いた扉の横で、小声ですしざんまいのポーズ。
子夏
「お見事~」と小声で歓声を上げ、拍手をするふりだけ。
GM
箱の中にあるのも箱。白く木製で、この施設の救世主達がひと月に一度、青褪めた顔で手を突っ込んでいるもの。
子夏
いや~、あの時は怖かったな~。
アーユス
「はいお宅拝見~これで日記帳とかならウケんね」
アーユス
冗談を言いながら覗き込んで、白い箱に手を伸ばす。
アーユス
クジの中身、木の棒をじっと見る。
アーユス
この木の棒に適した小細工を考える……昔取った杵柄だ。
アーユス
カモをハメて、自分たちが得をするためのイカサマ。
アーユス
そいつを仕掛けて、クジを金庫にまた仕舞う。
GM
箱の中身は、籤を引く度に破棄される。
効果があるのは次の一度だけだろう。
アーユス
同じ位置に箱を置いて、ダイヤルをガリガリと回し、来たときと同じ数字に合わせておく。
アーユス
「っし、出るぞ~」
子夏
「はーい」
子夏
ついてきただけの男がにこにこしながら後に続く。
子夏
まあ見張りとか何となくしてました。
アーユス
気分的に助かりました。
羊のような眼の救世主
廊下でシンパにいちゃもんをつけています。
アーユス
アイツも頑張ってくれてんぜ~
子夏
助かる~
アーユス
シンパの後ろを通り、羊目に目線を送る。
子夏
にこにこ手を振って通り過ぎます。
アーユス
私室から無事戻ってきた俺らが笑顔。あいつも分かってくれるだろうさ。
羊のような眼の救世主
反応は返さないが、いちゃもんを適当に切り上げ始めている。
アーユス
そうして気持ちうきうきと廊下を歩き、私室からできる限り速やかに遠ざかる。
アーユス
そうしてまた中庭へ。
子夏
今日はぐっすり眠れそう~。
アーユス
俺たちのような不良は中庭にいても何も不自然じゃない。運動してよく眠るぞ~
GM
これでひと月後、誰かが死ぬ。
GM
いや、死ぬのは元からだ。それが誰かに偏っただけ。
アーユス
「でさ。"アレ"だけど……」
子夏
「はあい」
アーユス
施した細工と、その見分け方をひそひそと説明する。
子夏
ふんふんと頷いている。
アーユス
「ワリと簡単だろ」
子夏
「なるほどな~、そんな感じなんだ」
アーユス
「後でアイツにも教えとかねえとな」
子夏
「そうですね! 狙い通りに当たってくれないと困るからなあ!」
子夏
ひそひそ声です。
アーユス
「フー、これで今日は枕3倍に高くできるってワケ」
子夏
「アーユスさんのおかげだなあ」
アーユス
「そうだろそうだろ~」
アーユス
「ってかそうそう子夏クンさー、アレだよな」
子夏
「アレですか?」
アーユス
「アレ。俗に言う才覚型っぽい(笑)」
子夏
「頭よさそうってよく言われます」
アーユス
「よっ、頭よしお!」
子夏
「頭よしおと呼んでください」
子夏
最近は性格悪そうと言われることのほうが多いです。
アーユス
「頭よしおクン」
アーユス
「性格ワルそなやつは大体才覚って相場が決まってるけどたまに違うやついて」
子夏
「あ~」
アーユス
「そういうやつってめんどくせーわりに役たたねーから」
アーユス
「っぱこういうコトすんなら才覚あってナンボっすわ」
子夏
「あははは」
アーユス
愛型へのヘイトが見え隠れする男です。
子夏
愛型へのヘイトがあるんだなあ。
子夏
「性格悪そうだけど、才覚じゃない人かあ」
アーユス
愛型は愛で人を裏切ったりするので嫌いです。才覚型のほうがまだ裏切る予兆があるので……
子夏
でも最初に堕落の国に堕ちてきたときに会った人って全員性格ヤバかったな。
アーユス
堕ちた時知り合いがいて愛型になってて裏切られて……
子夏
安心安全の才覚型ですよ~。
アーユス
「ここ酒でもありゃいいのになあ」
子夏
安心安全ではない気もする。
子夏
「あ~、そうですねえ」
アーユス
どうでもいい話をしながら、言うべきことは言ったので屋内に戻りつつ。
子夏
「これだけ救世主がいたら、一人ぐらい密造酒とか作ってる人いないかな?」
アーユス
「酒造りの救世主」
子夏
などと言いつつ、睡眠を取りに向かってゆく。
アーユス
「探すか(笑)能力インタビューしよう(笑)」
子夏
「いいですね~」
アーユス
道すがら羊目に絡むふりをしたりしてイカサマを伝えたりして。
子夏
色々あったけど 計画は順調だ
アーユス
そうしてたどり着く二段ベッドの共同寝室……
アーユス
部屋一緒だからまあ、こいつと良くつるむことになる。
子夏
同じ時期に入ってきてるので、そのようになった。
アーユス
初日に俺がベッド上の段取った。
子夏
特に上下にこだわりないのでお譲りしました。
アーユス
二段ベッドの上初めて~ぽいんぽいん
アーユス
ぎっしぎしなので跳ねるのやめました
子夏
ぎしぎし鳴らされるとさすがに寝れないので良かったです。
アーユス
他のベッドの奴からうるせー!って言われるし
アーユス
正直ここにいたら生活には困らねえんだろうなあ。
アーユス
まっ俺は出てきますけど!
子夏
気持ちよく出ていきましょう~!
アーユス
こんなとこに居るぐらいなら路上でのたれ死んだほうがマシ!
子夏
そうかも~。
アーユス
クジの日まで余裕があるし……あとは道徳奴が事故って帰りが遅くなって、羊目が堀り終わるまで俺の授業が来ないのを祈るばかりだな……
子夏
そうなるといいですねえ。
アーユス
そうなるといいなあ、と眠りに就いた。
GM
そんな祈りが天に通じたのか
GM
数日後、道徳の救世主は施設に戻り
GM
そして、授業が行われる。
GM
 
GM
*お茶会R1 道徳の救世主 シーン2
GM
いつものように、入所者は教室に集められる。
道徳の救世主
「それでは、今日の授業を始めていきましょう」
アーユス
つまんね~~~~~って顔
子夏
「は~い」
子夏
最初の返事だけはいい。
アーユス
返事しない。不良なので。
道徳の救世主
「本日は、同じ教室で学ぶお友達について学ぶ授業を行いましょう」
アーユス
ゲ……
GM
道徳の救世主の発言と同時に、殆どの入所者が視線を下げる。
子夏
うわ~。
道徳の救世主
「では、アーユスさん」
道徳の救世主
「前に出て来てくださいね」
アーユス
「……」
子夏
あ~。
子夏
願い届かずだな。
アーユス
机を蹴る猶予も無く、立たされる。
アーユス
一段高い、晒し台に立つ。
アーユス
ムショでも"これ"はなかったな。これは人権侵害だ。
道徳の救世主
「アーユスさんがこの施設に来て……もうすぐ2ヶ月ほどでしょうか」
道徳の救世主
「最初にして頂いた自己紹介の内容を、皆さん覚えていますか?」
アーユス
「……」
羊のような眼の救世主
知らね~ って顔をしている。
アーユス
他の救世主たちを、主に真剣にこちらを見つめるシンパらへんを睨みつける。
アーユス
無駄だとはわかっていながらも、そうせざるを得ない。
子夏
笑顔を作って見ています。
道徳の救世主
「好きなものはお酒と女性と暴力。嫌いなものは自分以外の全部」
道徳の救世主
「それから過去に最も傷ついた体験は」
道徳の救世主
「親に家に入れてもらえなかったこと、でしたね」
アーユス
「…………」
アーユス
「うるせえな」
道徳の救世主
「あの時確か、アーユスさんは意外そうな顔をされていましたね」
道徳の救世主
「それは、自分で思っていた事とは違う事が口から出たからでしょうか?」
アーユス
退屈な話を聞く態度。無視。
アーユス
「そうだよ」
アーユス
できない。
アーユス
舌打ち。
アーユス
「嫌なことは、いっぱいあった」
アーユス
「けどあんなの、ずっと昔の事だ。覚えてねえ」
アーユス
「覚えてねえはずだった」
道徳の救世主
「貴方の心はその時にできた疵の事を、ずっと覚えていた」
道徳の救世主
「貴方の思い出せる範囲で構いません」
道徳の救世主
「その”昔の事”について、皆さんにお話して頂けますか?」
アーユス
嫌だ、と言えない強制力。
アーユス
言葉が勝手に、内臓を抉るように自分の喉から出る。
アーユス
「俺の親は、売春婦で」
アーユス
「俺を産む気がなくて、育てる気もなかった」
子夏
……
アーユス
「死ぬと面倒だから、泣くとうるさいから」
アーユス
「人に預けられたりしてた」
子夏
ひどい親だな、と思う。
アーユス
「けど、誰も預かってくれなくなって、俺は多分、家にいた」
アーユス
「家にいて、母親は、俺のことを」
アーユス
「わからない」
アーユス
「台所に溜まった食器を見るような、めんどくさいって顔だった」
アーユス
「俺が一人で歩けるようになって、家にいるのも、嫌だから」
アーユス
「親の居ない間に何度か外に出てた」
アーユス
「でも、なんか、いつだったか」
アーユス
「先に親が帰ってきて、鍵を締められてた」
アーユス
「ドア叩いたけど、開けてくれなくて……」
アーユス
子供の日記のような、ぽつぽつとした語り。
子夏
……
子夏
聞きたくないな。こんな話。
アーユス
そう語る本人の表情は、苦虫を口の中に塗りたくられたような。
道徳の救世主
それを、ただただ聞いている。
アーユス
「ずっと、家に帰れなかった」
道徳の救世主
いや、聞いている、というのは正しくない。
子夏
人の疵の話を聞くのは好きだ。
道徳の救世主
話させているのだ。抗いようのない力によって。
アーユス
「夜、外で寝て、朝に来たけど、開いてなかった」
子夏
それが自分が抉りだしたものでなくても、嬉しい気持ちになる。
アーユス
「昼もダメで、夜もダメだった」
子夏
ダメなのは自分だけではなく、堕落の国に堕ちてきた連中はぜんぶ同じだと思えて安心するから。
子夏
なのに。
アーユス
口にするたびに、思い出すまいとしていた事が蘇り、吐き気がする。
アーユス
吐き気がしても、吐くことすらできないで言葉を吐かされる。
アーユス
「外は寒いから、嫌だった」
アーユス
「……3日ぐらい、待って、行った、けど」
アーユス
「ドアが開いてた。人がいて、制服着た、何か、男がいて……」
アーユス
「お母さんがいた」
アーユス
「男の人がいなくなったら、入れてもらおうって思ったけど」
アーユス
「知らない子です、どこの子でしょうねって」
アーユス
「家に入れなかった」
アーユス
口にして、自分の中の知らない何かが自分の覚えていないことを言うたびに溢れる感情があった。けれどそれがどういうものかを理解することを今ここに立っている男は拒み続ける。
アーユス
目の前がぐるぐるする。
アーユス
自分の中にある気持ち悪い何かが、最悪の事を言っている。
アーユス
その場にへたり込んだ。
道徳の救世主
「大丈夫ですか?」
アーユス
うずくまり、胸を掻きむしろうとして、それすらもうまく言えない。
子夏
大丈夫なわけはない。
アーユス
「何も大丈夫じゃない」
アーユス
「何も……」
子夏
思わず椅子を引き、音を立てて立ち上がる。
子夏
ガタン、と教室内に場違いに大きい音が響き渡る。
アーユス
その音に身を竦める。なぜ?
羊のような眼の救世主
「おいバカ……」
子夏
「やめましょう」
アーユス
大きな音を立てると怒られるからだ。誰に?知るか。
子夏
場を弁えず、言葉を吐き出す。
アーユス
誰かが何かを言っている。
子夏
表情は蒼褪めて強張っている。
子夏
他人の子供。かつて子供であった男。まだ傷ついた子供が中にいる男。
子夏
そんな話は聞きたくない。
アーユス
何も言いたくない。誰かが変わりに喋ってくれるならそれでいいのかもしれない。がちがちと歯が震えて小さく鳴った。
道徳の救世主
立ち上がった者に視線を向ける。
道徳の救世主
「お友達が心配なのですね」
子夏
「……」
道徳の救世主
「ですが、まだ授業の途中です」
道徳の救世主
「お静かに」
アーユス
くたばれ、と悪態を吐く余裕も、お友達でーす!とふざける余裕も、一切がない。
子夏
それだけで、何もしゃべれなくなる。
羊のような眼の救世主
余計な事をして目立つなと、小声で囁かれる。
子夏
それでもまだ何か、喘ぐようにして言葉を吐こうとしていたが、
子夏
そのまま操られるかのように、ズレた椅子に座り込んだ。
道徳の救世主
それを確認し、頷いて
道徳の救世主
崩折れたアーユスに対し、懐から取り出した液体を垂らす。
道徳の救世主
甘ったるい香りのするそれは、末裔達の間で取り扱われる蜜で、体力回復の効果があると信じられているもの。
道徳の救世主
それは信じられている通り”最低限の”体力を回復する。
道徳の救世主
それ以上の効果はない。
道徳の救世主
それは心の疵に、何の影響も与えない。
アーユス
引き攣った呼吸が、乱れる程度に抑えられ、何も見ようとしなくなった目は床に焦点を合わす。
道徳の救世主
「立てますか?」
アーユス
全身を、腹の中を裂かれたようなまぼろしの痛みを抱えたまま、立ち上がることになる。
アーユス
体力があって、立てるからだ。
道徳の救世主
「では、お話の続きをお願いします」
子夏
立たなくていい。立てなくていい。
子夏
そう念じても、目の前の男は立ち上がってしまった。
子夏
もう見ていることしかできない。
アーユス
「何を 話せば」
アーユス
「……」
アーユス
「その時から、ずっと、何もない」
アーユス
何もない、と声に出した時に、自分の足元か、それとも背中?どこからか。
道徳の救世主
「なるほど」
アーユス
ひどく冷えるような、穴が空いたような心地があった。
道徳の救世主
「その時からずっと、あなたは虚無感を抱えてきたのですね」
アーユス
睨みつける視線もいささか精彩を欠く。
道徳の救世主
「家という、自分の存在が許されるはずの場所から締め出され」
道徳の救世主
「母親という、自分が愛されるはずの存在から追い出されて」
道徳の救世主
「貴方は、世界を失ったように感じた」
アーユス
道徳の救世主の言葉を聞くたびに、こめかみを殴られるような衝撃を、屈辱を感じる。
アーユス
「俺は、そんなもの、無くても、やっていける」
アーユス
強い思い込みが、そう口にさせる。
道徳の救世主
「貴方がそう考えている、という事は真実なのでしょう」
道徳の救世主
「ですがお話を聞く限り、それが貴方の全てではないようです」
アーユス
「……」
アーユス
「そうだ、俺の、人生に……あんなもの、なかった、要らない、いらないんだ」
アーユス
じゃあ何がある?
アーユス
もっと深い穴がある。
道徳の救世主
「貴方は昔の事だから覚えていないと仰っていました。ですが、そうではなかった」
アーユス
記憶から消していた。それに気付かされて、頭がまた痛む。
道徳の救世主
「推測するに、覚えていないという事にしたかったのではないでしょうか」
アーユス
「い、やだ」
アーユス
振り絞る、何かへの拒否。
アーユス
認めることが、振り返ることが、思い出すことが。
道徳の救世主
「貴方は捨てられ、世界を失い、深く傷ついた自分を、”自分ではない”と思おうとした」
アーユス
受け入れがたい、唾棄すべき、忘れて、捨て去ってしまうべきだった弱さ。
道徳の救世主
「それは自分ではない、今の自分は、それとは違うもので構成されている。そう考える事で、過去の疵と現在の自分を切り離そうとしたのですね」
アーユス
「そうじゃない、と、生きていけなかったからだ!」
アーユス
「死にたくない、寒いところに、居たくない」
アーユス
ロンドンの冬は暗く、寒かった。
アーユス
「行くところが、どうして」
アーユス
「いいや、俺は、どこにだって行けた……!俺は、自由なんだ……」
道徳の救世主
「貴方は間違っていません」
アーユス
「そうだ!」
アーユス
「俺はなにも、間違ってない!」
道徳の救世主
「過去を切り捨てようとする事も、ここではないどこかへ行こうとすることも、貴方が生きるために必要な事だった」
道徳の救世主
「どうにかして生きようとする事は、決して責められるべきことではないでしょう」
道徳の救世主
「ですが」
道徳の救世主
「貴方は、そうして自分を別のものだと思い込もうとする中で、自分が本当に存在する場所を見失ってしまったのではないでしょうか」
子夏
正気とは思えなかった。
子夏
いや、この救世主が正気ではないことなどもとから分かっているのだ。
子夏
粛々とそれを受け入れて、耐えるしかないことぐらいは。
アーユス
「……そんな、ものは。いらな、……」
アーユス
あと一言が言えなくなる。
子夏
ふだんの強気で陽気な態度のどこにもなく、哀れに縮こまっている男を見ている。
アーユス
この枷がある限り、力を使われていれば、嘘を言う事は叶わない。
道徳の救世主
「貴方がこれまで生きている中で、楽しい事や喜ばしい事が何もなかった訳ではない筈です」
アーユス
「やめろ!」
アーユス
疵に触られた人間の吠える声。
子夏
ずっと黙っていることができたのに、最後には声を出してしまった。
道徳の救世主
「ですが貴方はそれを、自分で作り上げた”強い自分”が居る場所で受け止めようとした」
子夏
それが、自分のしでかした大きな失敗。
道徳の救世主
「うまく、受け止められなかったのではないしょうか」
アーユス
「いらないんだ、そんなもの、いらない」
子夏
なのに、どうしていま自分は、黙らされながら必死に叫ぼうとしている?
道徳の救世主
「喜びも、幸せも、或いはそれに至る可能性も」
アーユス
いらないはずだった。
道徳の救世主
「本当の貴方は、そこには居なかったから」
アーユス
自分が、それをずっと欲していたことを、認められない!
アーユス
唸る。
アーユス
「ほんとうは、」
アーユス
「俺は」
アーユス
何かを言おうとした自分を止めようと、首をつかむ。
アーユス
弱められた力では、それも満足にかなわない。
アーユス
それでも首を押さえる。
道徳の救世主
「貴方が本当に欲しかったものは」
アーユス
力が入らなくても首を絞める事はできる。方法を知っている。
道徳の救世主
「強い自分でも、どこにでもいける自由でもなく」
アーユス
喉を押さえて、自分の内側にいる何かを出さないように。
道徳の救世主
「傷つき、寒さに凍えて、泣いている子供の頃の貴方を」
道徳の救世主
「迎え入れて、『おかえりなさい』と言ってくれる、開いた扉」
道徳の救世主
「それが、貴方の欲しかったものなのではないでしょうか?」
アーユス
首を押さえる。押さえる。
アーユス
認めたくない、認められない!そんなものが、自分にあることを、そんなクソみたいなことを、自分が願っていることが!
アーユス
押さえる力は、道徳の救世主の力にはかなわない。
アーユス
「そう、だった」
アーユス
「そう、だった」
アーユス
「ずっと」
アーユス
「けど、もう、無理なんだ」
アーユス
「ないんだ、どこにも」
アーユス
自分が何の話をしているかがわからなかった。
アーユス
「なんで」
アーユス
俺は何の話をしようとしている。
アーユス
「知らない、俺は何も知らない、知らない」
アーユス
それは強い思い込み。強い強い疵の力で疵を塗り込めただけのこと。
アーユス
その思い込みが、より強い力によって引き剥がされるのは当然のことだ。
アーユス
「俺は、あれから、生きてて」
アーユス
「家に、行った」
アーユス
指の力が強まっては緩む。
アーユス
「母さんは、薬中になってて」
アーユス
「俺を、バイヤーだと、思って」
アーユス
俺はいつからか、薬を売るようになったから、同じような格好をしてたから。
アーユス
「でも、気づいてくれた」
アーユス
「息子だから、安く売ってくれって言われて」
アーユス
「俺は逃げたんだ」
アーユス
首を絞めようとする指が震える。
アーユス
「……何ヶ月か、して、やっぱりもう一度、会おうって」
アーユス
「ちゃんと話を、しようと」
アーユス
「けど、死んでた」
アーユス
「死んで、た」
アーユス
「だから、もう、俺は、自分の名前が、ない」
アーユス
「ずっと、何もない」
アーユス
「どこにも、行く所がない」
道徳の救世主
「なるほど」
道徳の救世主
「貴方は自分の母親に会いに行った」
道徳の救世主
「なにか、期待をしていたのですか?」
アーユス
首を横に振る。否定ではなくて、懇願だ。
アーユス
ごぺ、と音が立って、言葉の代わりに胃液が出る。
アーユス
牛乳をよく飲んだ白い胃液。
アーユス
「名前を」
アーユス
げぽげぽと水音を立てながら、溺れるように。
アーユス
「ほし、かっ、」
アーユス
叫び出したいような屈辱と、全身を千々に千切るような苦痛の中、本心が喉を裂くように絞り出された。
アーユス
「嫌だ」
アーユス
自分を認めたくないという、本心も。
道徳の救世主
へたりこんだアーユスの傍に膝を付き、その肩に触れる。
道徳の救世主
その動作と口調は、壊れ物を扱うように優しげだ。
道徳の救世主
「だけど、叶わなかったのですね」
道徳の救世主
「かつては開かなかった、だけどいつかは開くかもしれないと淡い期待を抱いていた扉が」
道徳の救世主
「それで、永遠に閉ざされてしまったように感じた」
道徳の救世主
「貴方にとって、それは非常に強固なイメージとして定着してしまったのでしょう」
道徳の救世主
「だから、あの頃の、弱い自分はもう救われない。どこにもいけないし、何者にもなれない」
道徳の救世主
「例え、それでうまく生きる事ができなくても。貴方は強い自分になるしかないと、そう思った」
道徳の救世主
嘔吐の後が残る口元に純白のハンカチを押し当て、渡して、立ち上がる。
アーユス
相手の言葉を聞かないように、必死に他の記憶を思い返す。
アーユス
自分に許しを請う人間の悲鳴とか、そういうものでかき消そうとする。
道徳の救世主
「さて。しかしアーユスさんは、本当にどこにもいけず、幸せになれないのでしょうか」
道徳の救世主
「この方に対し、私たちがなにかしてあげられる事は、何もないのでしょうか?」
道徳の救世主
「今日は、この事について皆で考えてみましょう」
道徳の救世主
*アーユスの「信仰の不在」を才覚で抉る。
アーユス
悲鳴は、思い返そうとした悲鳴は、頭の中にこびりついた誰かの泣き声にかき消される。
子夏
*横槍に入ります
子夏
Choice[猟奇,才覚,愛] (choice[猟奇,才覚,愛]) > 猟奇
子夏
2d6+1=>7 猟奇 (2D6+1>=7) > 10[5,5]+1 > 11 > 成功
子夏
1d6 横槍効果量 (1D6) > 1
子夏
*ヤリイカ乗せます
GM
合わせて効果量3ですね
道徳の救世主
2d6+5-3=>7 判定(+才覚) (2D6+5-3>=7) > 6[1,5]+5-3 > 8 > 成功
[ 子夏 ] HP : 16 → 15
[ アーユス ] HP : 19 → 18
アーユス
(昔の横槍ぶん)
[ アーユス ] 信仰の不在 : 0 → -1
道徳の救世主
「それでは、ヨシュアさんから前へ」
羊のような眼の救世主
辟易としたような顔で前に出てくる。
羊のような眼の救世主
だがそれだけ、教壇でうずくまる男に対して、それ以上の感慨は抱いていない。
羊のような眼の救世主
強いて言えば、”かわいそうにね”と。
羊のような眼の救世主
それくらいなものだ。
アーユス
吐き気を催す哀れみの気配に、反抗することもできない。
羊のような眼の救世主
「あー、要はあれだろ、期待を抱いていたけど、その期待がもう叶わないからどうしようって……」
アーユス
期待を抱いていた。他者の口から事実を突きつけられるのはまた堪えた。
羊のような眼の救世主
「忘れる……つもりだったのが、今こうなってるわけだから」
羊のような眼の救世主
「もう脳みそ弄って物理的に記憶飛ばすとか?」
アーユス
笑い飛ばす気力も失われていた。
羊のような眼の救世主
「そうじゃないにしても、何か……根本的に別のものになるしかないんじゃないか」
羊のような眼の救世主
「叶わなかった期待を引きずるのも、強い自分になりきれないのも、要は変わりきれていない、昔を断ち切れてないって事なら」
羊のような眼の救世主
「変わっちまうしかない。前に進むとか、殻を纏うとか、そういうのじゃない何か根本的な方法で」
羊のような眼の救世主
「そうすりゃ本当の意味で”別のもので出来ている”存在にゃなれるだろ」
羊のような眼の救世主
「……案外、誰かのシンパにでもなっちまうのも手なのかもな」
アーユス
くたばれ、と思うけれど口は動かない。
アーユス
こんな人生にこだわっていてもしょうがない。それはずっと思ってきたことだから。
道徳の救世主
「なるほど。過去の疵が癒せず、忘れようもないのならば、別の人生を歩んでしまえばいいと」
道徳の救世主
「強い自分を理想とし、そのように振る舞う事はそれと同じ事だと思いますが……それ以上の抜本的な変革が必要なのではないか、という事ですね」
羊のような眼の救世主
「ああ、そうだな。諦めて、変革することだ。それくらいしか無いと思うよ」
道徳の救世主
「ありがとうございます。皆さん、拍手を」
道徳の救世主
「席に戻ってくださって結構です。では次に……」
道徳の救世主
「子夏さん、前に出て、貴方の考えを聞かせて下さいますか?」
子夏
項垂れるように座っていた男が、のろのろと立ち上がる。
子夏
足取りはおぼつかず、震えていた。
子夏
それが、道徳の救世主の力によって歩かされ、教壇の前まで来る。
アーユス
凍りついたままでいる。
子夏
言わなければならない。
子夏
どこにも行けないと自分を規定して。
子夏
自分に課してきたものを、相手にも伝えなければいけなかった。
子夏
本来なら。
子夏
「想多情少宜求道……」
子夏
震える声が言葉を紡ぐ。
子夏
「……『感情が多く豊かであれば、道を求めることは少なくなるのが自然であろう』」
子夏
「感情が、多く豊かであるというのは」
子夏
「欲を、捨てられていないという意味」
子夏
「七情というものがあります」
子夏
「喜、怒、哀、懼、愛、悪、欲」
子夏
「愛というものには、ふたつの意味があり」
子夏
「性欲、それから……親子の情も含まれます」
子夏
「愛というものはひとを狂わせる」
子夏
淡々と言葉が紡がれていく。
子夏
俯いたまま、その表情はうかがえない。
アーユス
むき出しの肉に言葉がじくじくと刺さるような苦痛。
子夏
「妻が言葉を話さないからという理由で、子供を役立たずだと叩き殺す男もいる」
子夏
あれは自分に試練を課すための幻に過ぎない。
子夏
殺された子供も、殺した夫も。
子夏
だから、そのことに理由を求めるのはばかばかしくて。
子夏
子供を愛する自分も、夫を憎む自分も、また幻であるはずだ。
子夏
だが、子供を見殺しにして助けられなかった自分がまだここにいる。
子夏
「だから、愛などというものは」
子夏
「捨てるべきだ」
子夏
「親であるから、子供を大事にする。そんなことはなくて」
子夏
「……だから、親を愛する必要も、子供にはない……」
子夏
「子供は、親を選べなくて」
子夏
「だから、親を憎んでいい」
子夏
「そんな、親を」
子夏
思い出されるのは、夫に抱かれて笑っていた子供の顔。
子夏
それから、赤い頭の中身をぶちまけて動かなくなった子供の姿。
子夏
俯いていると、アーユスの吐き出した白い吐瀉物が目に入った。
子夏
それが、赤く染まっているように見える。
アーユス
愛なんて不要だと、ずっとそう思って生きてきた。
アーユス
愛なんてものが必要なら、自分がなぜ生きているかわからないから。
アーユス
親だって、自分が捨てたぐらいに思っていた。
アーユス
けれどこのざまだった。
子夏
愛を棄てるべきだというのなら、憎んでいいというのもまた正しくなかった。
アーユス
何の感情もなければよかった。憎めればいっそよかった。
子夏
切り捨てるべき情の中には、憎悪もまた含まれている。
アーユス
けれどただの子供には、なんの道理もわからない子供にはできなかったこと。
子夏
「……想少情多易入迷」
子夏
言葉を紡ぐ。
子夏
「『情が少なければ、人は簡単に過ちの中に陥ってしまう』」
子夏
「けれど、」
子夏
「感情がなければ、それでも過ちが生まれる」
子夏
「子供に対する愛が少しでもあれば、あの男は子供を叩き殺したりはきっとしなかった」
アーユス
あの母親が自分に向ける感情は、何もなかったということ。
子夏
「……子供は、親を選べない」
子夏
「でも、子供が親に、愛を求めるのは間違いじゃない」
子夏
「間違っているのは親の方です」
アーユス
僅かに身を竦める。肯定されたくなかった。
子夏
子供がいた。叩き殺された子供ではなく、男の時に妻が生んだ子供が。
子夏
自分は、孫が生まれるという話を背に聞きながら家を出てきた。
子夏
結局、最後まで正業に就くことはできなかった。
子夏
毎晩遊び歩いて、そのたびに金を使い果たして。
子夏
一族のために真面目に働いたときも、一番近い家族のことは放ったらかしたままだった。
子夏
合わせる顔がいちばんなかったから。金だけ置いてきた。
子夏
妻は自分を憎んでいると思ったし、子供は自分に何の感情もないと思った。
子夏
幻の妻が切り刻まれた時、憎悪の言葉を紡いだのを聞いて安心した。
子夏
そうではなかった時のことをずっと恐れていた。
子夏
こんな仕打ちをされて、ないがしろにされて、最後まで無視をされて。
子夏
それでも愛しているのならそこに愛を見て、求めてしまうものだということが耐え難かった。
子夏
子供であればなおさら。
アーユス
そのようにされても愛を抱いてしまうのは、愛を求めてしまうのは、あまりにもむごいことだ。
子夏
總是七情難斷滅,愛河波浪更堪悲。
子夏
ただそれを、断ち切るべきだと子供に求めることなどできなかった。
子夏
愛の河の波浪は哀しみを呼び起こし、最も断ち難い。
子夏
愛だけは最後まで捨てられなかった。
子夏
いや、捨てたはずであったのに。
子夏
「ごめんなさい」
子夏
顔を覆っている。謝る筋合いなど何もない。
子夏
「すいません……こんなことを」
アーユス
その言葉にこそ、打ち据えられたように怯えた。
道徳の救世主
「いいんですよ。こうした話をしていれば、感情が乗ってしまうこともあるでしょう」
子夏
心の疵を大人数の前で晒され、内臓を抉りだされたような気持ちである人に。
道徳の救世主
「それは責められるような事ではありません」
子夏
謝ることなど、みじめにならせるだけだ。
アーユス
お前はそうじゃなかったはずだ。もっと軽薄で、人の疵が大好きで。
子夏
それが分かっていながら、言葉を紡がずにはいられなかった。
子夏
「こんなひどいこと、するべきじゃない……」
子夏
「止められなかった」
子夏
「すいません」
アーユス
首を横に振る。
アーユス
同情を嫌ったのか、ただ子供がいやいやをするようにか。
アーユス
逃げ出したくて仕方なかった。
子夏
握りしめた拳が緩み、鎖を伝って血が垂れていく。
アーユス
けれど、どこにも行く所がないとわかっているから。立ち上がらないでいた。
アーユス
たとえここに壁がなくても、道徳の救世主がいなくても、どこに行っても同じだからだ。
子夏
「すいません……」
子夏
力なく、ただ謝っている。
アーユス
謝るな、と声を出すこともできなかった。
道徳の救世主
「一つ、いいでしょうか?」
子夏
指先がびくりと跳ねる。
道徳の救世主
「傷つくような仕打ちをする親を憎んでいい、というのが貴方の意見であったようですが」
道徳の救世主
「今回の場合だと、勿論親の問題もありますが……もう一つ、家の問題があります」
道徳の救世主
「親を憎み、親を捨てたとして……帰り着く家が無いという問題は解決できません」
道徳の救世主
「そちらに対しては、どのようにしたらいいと思いますか?」
子夏
「……家族、や、家は親だけではない」
子夏
「恋人、友人、子供、……それから師」
子夏
こんな場所で
子夏
こんな状況で
子夏
話したくない。
子夏
「代替ではない、新しいなにか」
子夏
「でも」
アーユス
こんな世界でそれを得ることの、残酷さを知っている。
アーユス
無意味さを知っている。
子夏
「ひとは裏切る」
子夏
「信頼できる相手を見つけることは難しい」
子夏
「愛を棄てるより、親を憎むより、ずっとずっと」
子夏
ひとによってはそうではないのかもしれない。
子夏
自分はそうだった。
子夏
「信じられる人間はいない」
アーユス
情を抱いた相手のために生命を差し出すものを、情を抱いたせいで命を落とすものを、こんな世界に来るよりも前から知っている。
アーユス
こんな世界にあっては、誰一人信じるべきではない。
子夏
「だから、強くあろうとすることは正しい」
子夏
「だれにも頼らず、一人で生きることは正しい」
子夏
「なのになぜ、あなたはそれを手折るようなことをするんです?」
アーユス
そうだ、俺は正しい。
アーユス
正しいと思っていた。
道徳の救世主
「それは」
道徳の救世主
「人は、強くないからです」
子夏
「僕の意見は、あの時と同じ」
子夏
「こんなことをしても、何にもならない」
子夏
「あなたがしていることは、人の心の疵をいたずらに抉って」
子夏
「ただ苦しめているだけに過ぎない」
アーユス
言葉を背に受けながら、自分の白い吐瀉物の向こう。開かれた疵の真っ暗な空洞をただ見ている。
子夏
「どうして、こんなことを?」
子夏
「こんなに血が……血が」
子夏
教壇に手をついて、頭を押さえた。
子夏
荒く息をついている。──どうしてこんなことを?
アーユス
血なんてどこにもない。
道徳の救世主
その傍にしゃがみ込み、優しく背を撫でる。
道徳の救世主
「落ち着いて下さい」
道徳の救世主
「血は流れていませんよ」
子夏
首を横に振る。
道徳の救世主
「私の答えも変わりません」
道徳の救世主
「心の疵は癒えないかもしれませんが、知ることはできる」
道徳の救世主
「自分がどのような存在で、その自分の隣にいる人はどのような存在なのかを」
子夏
「知らないことは、不信につながるから?」
子夏
乾いた声で笑った。
子夏
「喋らない妻は、自分を馬鹿にしているように思うから……?」
道徳の救世主
「いいえ」
道徳の救世主
「知ることで、相手が何を求めているかが分かるからです」
アーユス
求めるものは完膚なきまでに晒された。
道徳の救世主
「何を求め、何を恐れているのかが分からなければ、例えそこに愛があっても、人は正しく相手に優しくすることができません」
子夏
首を横に振る。
子夏
「そうやって、抉って、晒して、並べ立てて、他人の中身を見なければ」
子夏
「あなたが安心できないからでしょう」
アーユス
明るく笑っていた男は、ただの捨てられた迷い子だと明かされて、ただくずおれたままでいる。
子夏
「そう、でしょう、盧珪!」
子夏
「そうに決まってる」
子夏
「そうじゃないと、あの子を殺したりなんかしなかった」
子夏
「どうしてこんな、」
子夏
「何でこんなことを?」
子夏
顔を上げ、唇をわななかせ、早口に言葉を紡いだ男は、
子夏
首を振って項垂れる。そうじゃない。
道徳の救世主
「私は盧珪という人物ではありませんよ」
道徳の救世主
「ですが」
道徳の救世主
「貴方は、その盧珪という方が、どうして行為に及んだのかを知りたかったのですか?」
子夏
「知り、たいに、決まって」
子夏
「だって、」
子夏
「あんなに喜んで……」
子夏
「この子はいい子に育つって、賢い子に育つって……」
子夏
幻だ。
アーユス
足元に居るのは喜ばれなかった子供だ。
子夏
すべてはただの幻だから、声を出してはいけないと言われた。
子夏
ここにいるのは赤の他人で、どこにも居なかったあの子供ではない。
子夏
重ね合わせるべきではない。
道徳の救世主
「ならば、知りたかったのでしょう」
道徳の救世主
「その盧珪という方も、貴方も、お互いに、相手の事を知る必要があった」
子夏
あの男をばかにしていた。
子夏
容姿の美しい女に生まれ変わり、唖女として育ち、
子夏
そんな自分を黙っている女のほうがかえって手本になると言って妻に迎えたあの男。
子夏
美女に目が眩み、多少の障害には目を瞑れると思ったのだろう。
子夏
そう思って。
子夏
変わったのは、子供が生まれるとき。
子夏
病院で検査を受けて、声帯には問題がないという診断を下された。
子夏
あえて黙っていて、自分を馬鹿にしているのだろうと言われた。
子夏
「……僕の、」
子夏
「僕が、」
子夏
「もっと早く喋っていれば」
子夏
「話していれば……」
子夏
そんなはずはない。
子夏
あれはただの儀式に過ぎず、幻に過ぎず。
アーユス
何も実在しない。
子夏
でもそれなら、傷つかないべきなのだ。
子夏
傷ついている以上は、理由を求め、
子夏
理由を求めれば、自分が子供の死を招いたという結論が導き出される。
子夏
「でも、それなら」
子夏
「あの子を殺す必要はない」
子夏
「違う」
子夏
「そうじゃない」
子夏
喘鳴があった。
子夏
明らかに錯乱している。
子夏
「でも」
子夏
「あの子は何も悪くない……」
子夏
「僕を殺してくれればよかった……」
アーユス
「やめてくれ……」
アーユス
耐え難かった。
アーユス
子を思う母を見せられるのが。
子夏
母を思う子を見せられるのが耐え難いのと同じように。
道徳の救世主
「であれば」
道徳の救世主
「知ることができればよかった」
道徳の救世主
「話すと話さざるに拘わらず。貴方が何者であり、盧珪という人物が何者であるかを」
子夏
項垂れている。
道徳の救世主
「……そして、貴方の隣が」
道徳の救世主
「その盧珪という人物にとって、居心地の良い居場所であればよかった」
道徳の救世主
「私は、そのように思います」
子夏
首を横に振る。
アーユス
父親というものの存在も名前も知らない自分には、何もかも遠い話のように思えた。
アーユス
ただ、この男の場合も。その盧珪という男との間に子供がいなければ。女のままうまくやっていたのかもしれない。
アーユス
無意味な仮定だ。
子夏
子供を愛していた。
子夏
あるいは、子供を愛していたからこそ、子供は殺されたのかもしれない。
アーユス
愛を捨てるために。
子夏
確かなのは、この男は愛を棄てられず。
子夏
けれど子供は死んでしまったということだ。
アーユス
愛されただけその子供のほうがマシだったのかもしれない。
アーユス
望むものを得られずに、ただ彷徨い生きるよりは。
道徳の救世主
「とはいえ、そうあるためにも、結局は自分を知る所から始めなければいけない」
道徳の救世主
「人と人が共にいるという事は、互いに重なり合い、触れ合うという事」
道徳の救世主
「触れ合いとぶつかり合いに、大した差はありません」
アーユス
俺は自分の事がよくわかったよ。
道徳の救世主
「ですのでこの授業を通じて、同じ教室で学ぶお友達の事を知り、そして自分自身の事を知る」
アーユス
産まれてきたのが間違いで、生きてきたのも間違いで、愛されたいと思ったことも間違い。
道徳の救世主
「そして結果的に、互いにとって、互いの隣が居場所になれば……」
アーユス
項垂れる。
道徳の救世主
「この施設が、皆さんにとっての居てもいい場所になればいい、と」
道徳の救世主
「そう考えています」
アーユス
同調されたくなかった。この男に。
アーユス
自分の疵について、何の感情も抱いてほしくなかった。
アーユス
けれど知ってしまえば、それはもうもとに戻らない。
子夏
顔を覆っている。
道徳の救世主
「子夏さん、ありがとうございました」
道徳の救世主
「皆さん、拍手を」
羊のような眼の救世主
退屈そうな顔で拍手している
道徳の救世主
「お二人共、席に戻って頂いて構いません」
アーユス
服の汚れもそのままに、幽鬼のように歩いていく。
子夏
──ガタン!と音が鳴る。
子夏
男の体重を支えていた教卓が、ズレて教壇から足を落とし、倒れた音だ。
道徳の救世主
何事もないかのように佇んでいる。
アーユス
一度身をすくめ、けどそのまま歩いていく。
子夏
男はよろめいて、ただ倒れることはせず、同じように席に戻った。
アーユス
男の顔を見れなかった。
道徳の救世主
「さて……終わりに言おうとしていた事を先程言ってしまいましたね」
道徳の救世主
「居場所が無いという事は……救世主達が多く抱える悩みです」
道徳の救世主
「だからこそ、互いわかり会える部分が多少なりともあるでしょう」
道徳の救世主
「お互いに、お互いの居場所を提供できたらいいと考えています」
アーユス
小さく鼻で笑った。
アーユス
あまりにも、グロテスクな話だ。
子夏
椅子に戻り、ただ顔を覆っている。
道徳の救世主
「私たちは、共に居る事ができるし」
道徳の救世主
「貴方達は、ここに居ても良いのです」
アーユス
「…………」
道徳の救世主
「そしてそう在るための手段を、これからも授業を通じて探していきましょう」
道徳の救世主
「それでは、本日の授業はここまで」
道徳の救世主
 
アーユス
授業が終わっても、しばらく立てないままだった。
子夏
同じように立てないでいたが、のろのろと立ち上がる。
GM
他の入所者は足早に教室を去っていった後だ。
GM
授業が終わった後、教室に長居をするものは少ない。
アーユス
誰にも自分の姿を見られたくなかった。
アーユス
すぐに逃げ去りたかったけれど、立つこともかなわない。
子夏
椅子を引く小さな音が、誰もいない教室では大きく響く。
アーユス
残っているのが誰かわかってしまって嫌だった。
アーユス
その男が去るのを待った。
アーユス
去るのを待って、一人になったからって何もないのだけど。
子夏
教室を数歩歩く。
子夏
気の抜けた足音が、机を挟んであなたの前で立ち止まる。
アーユス
足音が全身を揺らすような不快感に目を瞑っていた。
アーユス
「……」
子夏
「アーユスさん」
アーユス
「……」
アーユス
「何だ」
アーユス
俯いたまま目を合わせようとせず。
子夏
「……」
子夏
「あなたは間違ってない」
アーユス
「何が」
子夏
「間違いを犯したのは、あなたではない」
アーユス
「いいや」
アーユス
「俺は間違えていたよ」
子夏
「あなたは悪くない……」
アーユス
「うるせえ」
アーユス
「俺を」
アーユス
「憐れむな」
子夏
首を横に振る。
アーユス
怒りに声を震わせて立ち上がる。
子夏
立ち上がるのを視線で追った男は、
アーユス
だというのに、瞳孔は開き、口元はわなないて──怯えていた。
子夏
あなたが怒りを顕し、憎しみを向けるのを当然だという顔をしていた。
子夏
だから、あなたが怯えていることに驚いた顔をして、
子夏
そしてまた、すぐに俯く。
子夏
「すいません」
アーユス
「謝るな」
アーユス
「こんな風になるのなら、こんな思いをするのなら」
アーユス
「産まれてこなければよかった」
アーユス
「早く死ぬべきだった」
子夏
「すいません……」
アーユス
「お前の、お前には関係ない」
アーユス
「お前は、だって、違う……」
子夏
「そう、です」
子夏
「僕には……」
子夏
「関係ない、から」
子夏
「関係ないのに」
子夏
「だから……」
アーユス
「そうだ、関係ない、ないんだ」
アーユス
「だから……」
アーユス
だから、の先が続かなかった。顔を覆う。
アーユス
憐れんでほしくない理由について考えた時、また惨めになるからだ。
子夏
関係がないのに痛むことが申し訳なく、申し訳なく思うこともまた苦しかった。
子夏
自分が誰の役にも立たず、どこにも居場所がなく、誰も助けられず、
子夏
そうして人を怒らせて、どこにも居場所がないことが苦しいからだ。
子夏
黙り込む。
アーユス
怯えていた。
アーユス
憐れまれることへの怒りを塗りつぶして、関係がどうしようもなく壊れてしまったような恐怖に。
アーユス
どうでもいい話をして、適当にここを出ていって、それだけの関係で良かったはずだ。
アーユス
それ以上を求めるべきではなかった。
子夏
人間のことは信じるべきではないからだ。
アーユス
こんなに長い日数を誰かと過ごした事がなかったから。
子夏
人は裏切るし、嘘をつく。この堕落の国ではなおさら。
アーユス
この男の言葉に身を竦めていたのはなぜか。
子夏
それをこの人も十分承知していると思いたかった。
アーユス
何も信じるべきではない。
アーユス
そう、わかっていた。
アーユス
たとえ前の世界で縁があろうとも殺し合うのがこの世界だ。
アーユス
自分がまさか、あの道徳キチガイの言う事のように、いつの間にか自分が"気のいい友人"という"居場所"をこの男に求めていたなんて。
アーユス
笑えない話だ。
子夏
信用できない人間たちの中から、あなたが気が合うと思っていた男が、
子夏
嘘だの持って回った言い回しだの、そういうものを取り払ったとき、
子夏
出てきたのが子供を喪った母親というのは、笑えない話だ。
アーユス
互いに最も近づくべきではない人間。
子夏
最も相手が傷ついているときに、自分の疵を晒した時。
子夏
それがいちばん、相手を傷つける。
アーユス
近い疵を見て、通じあえるような気になってしまのは
アーユス
この世界ではあまりにもつらいことだと思った。
アーユス
けれど。
アーユス
「お前は」
アーユス
「悪くないよ」
子夏
「いいえ」
子夏
「僕が、悪いんです」
子夏
「そんなことはずっと分かっていた……」
アーユス
「でも、どうしようもないだろ」
子夏
「ずっと、どうにかできたんじゃないかと」
子夏
「そう考えてしまうんです」
子夏
「そこから逃れられない……」
アーユス
そんな事を思ってほしくなかった。
アーユス
誰にも思われたくなかった。
アーユス
それは近ければ近い相手ほどそう。
アーユス
「考えないでいい、俺の事は」
アーユス
「忘れろ」
子夏
首を横に振る。
アーユス
俯く。
子夏
「離れないんです」
子夏
「あなたが関係がないことは分かっている」
アーユス
「疵だから」
子夏
「はい……」
子夏
「……」
アーユス
諦めた、自嘲の笑い。
子夏
「あなたに」
子夏
「関係ないのに」
子夏
「あなたが、生まれてこなかったほうがよかったとか」
子夏
「生きていることが間違いだとか」
子夏
「愛されたいと思うべきではないとか」
子夏
「そう感じることが、何より苦しい……」
アーユス
今度はこの男が首を横に振る。
アーユス
「やめろ」
アーユス
顔を背け、よろよろと歩き出す。
アーユス
教室から逃げるために。
アーユス
どこにも行く場所なんてない。
アーユス
今はただ、疵を触れ合わせていたくなかった。
子夏
追いかけなかった。
子夏
どうせ戻る部屋は同じだ。
子夏
ただ、男が去った後もしばらく、教室に立ち尽くしていた。
子夏
喪われたものをただ見つめている。
アーユス
白い長い廊下を、どんな顔をして歩いたのかわからない。
アーユス
誰がいて、どんな顔をしていたのかも思い出せない。
アーユス
ただ苦しみのままに中庭に出て、生け垣の方へ向かい、羊目のように誰もいない場所を探して仰向けに転がった。
アーユス
そうやって、点呼の時間まで戻って来ることはなかった。
アーユス
点呼の時間になったら、服を洗ったらしい男が戻ってきた。
子夏
先に部屋に戻っていた男は、二段ベッドの下で小さく丸まって眠っている。
アーユス
その男の背を見て、何の声も掛けられないまま、静かにベッドの上に滑り込んだ。
GM
疲れ果て、何もかもから目を背けて、眠りについても。
GM
明日眼が覚めれば、この施設にいる。
GM
その次の日も、その次の日も、施設に居て。
二段ベッドの向こうに、人も居る。
GM
そうして共に時間を浪費したまま、更に1月が経過した。