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快晴。
 
空は高く晴れ渡り、雲一つない空をカモメが飛んでゆくのが見える。
 
時間は昼よりも前、肌寒いぐらいの涼しい風が吹き渡る、さわやかな日だ。
アガタ
「…………」
 
さわやかな日和とは無縁の顔で、ぶすくれている冒険者見習いがひとり。ラルバックの大通りを歩いている。
アガタ
「こんなの、冒険者の仕事じゃないよ」
 
ほとんど口癖になっているセリフを吐いて、アガタはため息をついた。
ユンファ
「ダレかがやらなきゃいけない大切なお仕事ヨ」
ユンファ
「ダレかがやらなきゃいけないのにダレもやりたがらない仕事は、ワタシたちの仕事ネ」
アガタ
「違うだろ」
アガタ
「いつも思ってるけど、お前は志が低すぎる」
アガタ
「冒険者ってのはもっとこう、冒険をして、迷宮に潜って、竜を倒して……」
ユンファ
「それはもっと助者スポンサーのついている人たちのするのコト」
ユンファ
「ワタシたちは見習いだから、親爺さんに見放されたら一巻の終わりネ」
アガタ
「それは……分かってるよ」
アガタ
「今日だって、買い物行かないなら部屋を追い出すぞって言われたばっかだし」
アガタ
「……え? 腹立ってきたな。
 亭主マスターだって雇われなのに、俺たちの生殺与奪を握ってるみたいな顔してさあ」
 
……とはいえ、実際そのようなものだということは、アガタも理解はしている。
 
交易都市ラルバックで『冒険者』として活動するためには、貴族の後援を受けた酒場への所属が必須となる。
 
アガタが寝泊まりしている『酒場』――一階は酒場で、二階より上は長期滞在用の宿になっているお馴染みの施設のことを、便宜上このように呼ぶ――”黄金の角笛”亭は、ラルバックの名士グラヴァース家が出資者だ。
 
亭主は確かに一介の雇われ人に過ぎないが、冒険者の面倒を見て依頼の世話をし、食客として宿に置く判断をする亭主は、冒険者たちにとっては貴族の名代である。
 
単に気が合わなかったとしても、向こうはなにかと理由をつけて追い出せる程度の権限を持っているのだから、いかに承服しかねる依頼だったとしても受けるしかないという寸法だ。
 
横暴がすぎた場合は願い出る場所もあるが、今回の場合はさすがにそれには当たらないだろう。
アガタ
「……でもやっぱ、冒険者の仕事じゃない」
アガタ
「パセリ、セージ、ローズマリー、タイム」
アガタ
「料理に使う薬草じゃん。せめてもっと魔法の道具とか、伝説の武具とかさあ」
ユンファ
「薬草、冒険者らしくないデスか?」
アガタ
「だって市場で買えるじゃん……」
 
ぶつくさ言ううちに、大通りを抜けて広場へ出る。
今日は市の日だ。そこここに商人が露店を出し、品物を並べている。
アガタ
「薬草、薬草…………」
アガタ
「…………」
ユンファ
「あの店?」
アガタ
「いや、あそこはだめだ。かなり古い」
アガタ
「そっちの店……いや、別の葉が混じってるじゃん」
アガタ
「選り分けさせてもいいけど、……あいつ売ってるだけで薬草のこと詳しくなさそうだから、言っても分かんないかも」
ユンファ
「見ただけで分かるか」
アガタ
「分かるよ。扱う手つきが知らないやつの動きだもん。
 たぶん、あいつも粗悪品摑まされたんだろうな。混ぜ物するやつっているから……」
 
ほかにもいくつかの店を見ては、アガタは首を横に振る。
 
ついには、広場の店を大方見終わり、反対側の通りまで辿り着いていた。
アガタ
「……ええ?」
アガタ
「マッ……ジで言ってんの? 天下の交易都市ラルバックの赦曜市だぞ。まともな薬草が一個もないなんてことある!?」
ユンファ
「ワタシたちで採ってきた方が早かったりするネ?」
 
ユンファの問いに、アガタはうんざりとかぶりを振る。
アガタ
「薬草は栽培してるやつのが味が安定してるし、採ってきたところで今の時期でもだいたい三日は乾かさないといけない」
アガタ
「う〜ん……
 ってことは、別の広場を見に行く?
 いやでも、ここが一番大きいんだよな。ここでダメなら他のとこも微妙そうだぞ……
ユンファ
「フム……」
アガタ
「なにじろじろ見てんだよ」
ユンファ
「詳しいと思ってネ」
アガタ
「……まあ」
アガタ
「薬草が冒険者らしくないか、ってさっき聞いたじゃん」
アガタ
「街の中で栽培できて、森の奥まで行って採集してこいってわざわざ言われないタイプの薬草は、俺に言わせりゃ全然、やっぱ、冒険者っぽくないわけ」
アガタ
「でも、冒険の中に魔法使いはつきもので、その魔法使いが薬草に詳しくないってのは、話にならないだろ」
アガタ
「パセリ、セージ、ローズマリー、タイム」
アガタ
「そりゃ全部、薬効のある植物なんだから、把握はしてるよ。
 薬にも使うし、まじないにも有効だし」
アガタ
「楽しそうな顔してんじゃねえ」
 
アガタの放った蹴りを、ユンファは軽々と避けた。
ユンファ
「ワタシ楽しい。アナタももっと、街のコト楽しむべきヨ」
ユンファ
「街冒険らしくなってきたデショ」
アガタ
「だから、街冒険って言葉マジで嫌だからやめろって」
アガタ
「冒険ってのはもっと……外に出て、発見をして、蛮族たちを打ち払って、住める場所や行ける場所を広げるような」
アガタ
「誰も知らない場所に行くことを言うんだ」
アガタ
「街をうろついて新しい発見があるのは、俺たちが田舎もんの物知らずなだけで、それは冒険でもなんでもない」
ユンファ
「ダレも知らないモノ、ダレも知らないトコロなんてないヨ」
ユンファ
「ワタシたちの大草原も、かつてラルバックの冒険者に『発見』されたケド、ワタシたちの一族、ずっとそこに住んでいた」
ユンファ
「でも、ワタシたちのいるところまで来た一党パーティーは、偉大な冒険者。そうじゃないか?」
アガタ
「それは…………」
アガタ
「そこまで行く航路と陸路を確立したのがすごいんだろ。それは誰もできなかったことで……」
アガタ
「とにかく、街の中に籠っているのは冒険とは言わない」
ユンファ
「けっこう歩き回ったケドネ」
アガタ
「そう言うことじゃないの! クソ、このまま良いのがなかったからって帰ったろうかな……」
 
立ち止まり、ぶつぶつと唸るアガタの横で、ユンファはぐるりを見回した。
 
空は相変わらず、雲ひとつない青空。
 
カモメが鳴きながら、港の方へと飛んでゆく。
 
それを見送ってから、足下へ目を向ける。
ユンファ
「……まじないに使う薬草は、料理に使うものより品質いい必要アル?」
アガタ
「あ〜、まあそうだな。
 いやでも、だからつってあの辺の市場の薬草買って帰るのも癪だろ」
アガタ
「亭主が俺たちが仕事舐めてると思うかもしれないし……
 混ぜ物入りの薬草で焼いた肉とか食いたくないしさあ」
ユンファ
「市場のコトはいったん忘れていいヨ。
 ワタシ考えてたの、いい薬草の在処」

靴の踵で石畳を軽く何度か叩いて、ユンファは笑った。
 
アガタは眉を顰める。
 
……こいつは何を考えているか分からないから、嫌いだし苦手だ。
自分と同じ、歌にもならない見習いなのに、ずっと分かったような口を聞く。
アガタ
「それが分かれば苦労しないよ。回ってるうちに市場が終わっちまう」
ユンファ
「いいや、簡単ヨ。つまり、それを知っている人にあたればいい。
 例えばこの街に篭りきりの、冒険者じゃないまじない師とかネ」
アガタ
「……?」
アガタ
「あ。」
 
間の抜けた声が出た。
釣られて、石畳に視線を向ける。
ユンファ
「ネ」
アガタ
「……行ってみるか。
 市場をうろつくより、なんとかなりそうだ」
 
亭主
「どこで見つけてきたんだ、こんないい薬草」
アガタ
「……もしかして、ふだんからテキトーに混ぜ物入りの草使って俺たちに食わせてたの?」
亭主
「高級料亭じゃないんだ。いつも安酒で酔っ払って味もわからん穀潰しどもにはもったいないぐらいだろ」
アガタ
「……まあ、今まで気が付かなかったけどさ」
亭主
「腕がいいからな。だが、この仕事を任せてこれを買ってきたんなら、お前たちの食うものには今日から高級薬草を使ってやってもいい」
亭主
「しかし、高かったろうが。渡した金では足りなかったろう?」
 
そんなに良い薬草が食いたかったのか、と問われて、アガタは適当に肩をすくめる。
アガタ
「良いから、俺の次の依頼は、今度はちゃんと冒険にしろよ。
 下水道だの、取水口だの、買い物だの。街から出ないのなんて冒険者じゃないよ」
亭主
「そんなこと言ってると、またデュクロにどやされるぞ。……まあ、考えておいてやる」
 
もう行っていいとばかりに手を振られ、アガタは亭主に背を向けた。
 
デュクロに今回の顛末について話をしたら、勝ち誇った顔をされるに決まっている。
 
よくやった、と労うぐらいはするかもしれない。けれど、その後にこう言うのだ。
ユンファ
「街冒険も、しておいて損はなかったデショ」
アガタ
「お前が言うのかよ」
 
アガタたちが当たったのは、以前の街冒険で知り合ったまじない師の実験室だった。
 
アガタたちに借りのある彼女は、必要な分の薬草を分けてくれたのだ。……つまり、亭主に渡されたぶんの金は、丸々浮いてまだ懐にある。
それを亭主に素直に返すほど馬鹿正直ではなかった。
ユンファ
「別の店に飲みにでも行くカ?」
アガタ
「やめとく。どうせ大した額じゃないし、別の宿でも噂ってすぐ広まるからな。あいつら地獄耳だから」
アガタ
「……いや、ていうか、お前と飲みになんて行かねえって」
ユンファ
「ソウ? じゃ、昼にしまショ」
ユンファ
「ヘイ、親爺さん! 薬草を使った料理を二つ!」
アガタ
「おい! 勝手に……」
ユンファ
「どうぞ」
 
席を薦められて、アガタはため息をつきながら腰掛ける。できるだけ乱暴に、冒険者らしく。
 
運ばれてきた料理は、確かにいつもよりも香り高く、ふだんはろくな草が使われていなかったのがよく分かる。
 
美味しかったけれど、まじない師を頼ることを思いついたのが、自分ではなくユンファであったことを思い出すと、少し苦い味がした。
 
機転も、ひらめきも、弁が立つのも、冒険者に必要な技術だ。自分は何にも持ってない。
 
でも次は。本当の冒険だったら、きっと俺だって。
 
そう思い込むことにして、ソースにつけた硬い麵麭を齧った。こっちはいつも通り、石みたいにカチカチだった。