女
流れる涙に夢が溶けて落ちて、気絶するように眠って、顔がヒリヒリする痛みで起きた。
女
いまは、街を見るたびに背を向け、亡者に追われて逃げ、
女
護衛をつけた隊商を、群れをなして歩く末裔を、ひとりぽっちで立っている救世主を見ては逃げている。
女
だから、あなたに会ったら眉を顰められるようなひどい格好をしている。
女
ひょっとして、とっくに亡者になってしまっているのだろうかと思って、身体に触れて確かめたりしたけれど、分からなかった。
女
もし亡者になっているなら、あんなに怖がっていたのがばかみたいだなと思った。
女
最初の方は、丸々二日歩いてみたり、眠ったらまた一日歩いたりしていたけれど、
女
いまは眠る時間のほうが多くなっている気がする。
女
もう目覚めないんじゃないかとさえ思わず、気絶するように眠りにつく。
女
起きているのか眠っているのかも、曖昧になっている。
女
だって夢を見ている時は、夢だって分からないから。
女
痛くて苦しくて、僕にとって都合が悪いことが起こるなら夢じゃない、と、かろうじて判断をつけているだけ。
女
現実にはあなたがいなくて、夢の中にはあなたがいた。
女
あなたが幸せそうに、僕以外の誰かと過ごしている夢。
女
子供のあなたが母親に愛されて、わがままなんか言ったりして、楽しそうにしてる夢。
女
もしそうじゃなかったら、あなたが幸せに暮らせていたらなんて、夢を見る資格さえあるはずなかった。
女
だからあなたは、僕を連れて行ってくれなかった。
女
空腹が激痛になって、喉をかきむしりたくなるような渇きがある。
女
なぜ生きているのかわからないと言ったけど、恐らくコインの力だった。
女
たった十枚でも、何もないところから刃物を生み出せるような奇跡が宿っている。
女
僕が死にたくないと思うから、生かしているのかも知れなかった。
女
あまりに苦しくて、何度かコインを捨てることも頭をよぎったが、あなたが残してくれたものだから手放したくなかった。
女
誰にも渡したくなかった。亡者にも救世主にも末裔にも。
女
いつかだれか、たぶんお客が、捨てられたコインの行き着く場所があると言っていたっけ。
女
これはあなたのコインで、あなたが僕にくれたコインだった。
女
それでこうやって、今もまだ荒野を歩き続けている。
女
今の僕は臭くて汚くて、ぼろぼろで、雑巾より酷かった。
女
もしかしたら、あなたが会ったら、僕だって分からないかもしれない。
女
そうしたらどうしよう、と思うけれど、考えても仕方ないことだった。
女
僕が今受けているのはその報いだと思い込もうとするけれど、
女
許してほしいって、あなたのところへ行かせてほしいって言っても、聞いてくれない。
女
僕が勝手に意志を見出して苦しんだり自分を慰めたりしているだけ。
女
まだ都合が良く、もういないあなたを使っている。
女
腕で乾いてひび割れた地面をたぐるけど、前には進まない。
女
堕落の国の空は晴れることなく、けれどいまは明るい。
女
来てくれなくなったら、どうしようかと思ってた。
女
僕が好きだってことをたくさん伝えてほしかった。
女
どこにだって行けるって嘘をついたあなたはどこにもいない。
女
あなたとあの時間を過ごし続けていられたら何でもよかった。
女
あなたを殺すことを、殺されることを夢見ながら、あなたに愛されて、あなたに傷つけられて、あなたに抱かれていたかった。